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赫い糸
2 〈穿鑿で得た収穫〉
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(ああ……寝てしまったんだ)
小窓からの突き刺すような光に、ニルは白くなっていた。
(そうだ!男は!)
脳がぼんやりとしていた意識から、たちどころに醒めると、ニルは部屋を見渡した。
だが、男はいなかった。
ニルは、愕然とも呆然ともつかぬ表情で固まっていた。
起こした上半身の腹元から、昨夜、呑気に手にした読みかけの物騒な話の本が、するりと地面に落下して、同時に閉じてしまった。
「あ……」
《放浪の旅》と書かれた本を拾い上げたその時、ニルは、どことなく嫌な予感がした。
住んで間もないような、生活感のない部屋。
家に滞在せず、頻繁に外出する男。
見知らぬ土地のアパート。ここがもし、借り宿だったら……
男は何か理由があって、何かを目的に滞在していた。その目的を達成して、とっくにこの街からいなくなっていたら……辻褄合わせは淡々と行われた。
普通なら考えようもないが、生憎あの男は
普通には見えない。この知的な印象を与えてくる数冊の本、思い出される男の言葉遣いや、立ち居振る舞い、あの警戒感…。若干トゲの生えた冷ややかな物腰からは、いかなる行動にも動じず、平然とするような顔が想像された。まるで、それに慣れているような______

(悪いようにばかり考えちゃ駄目だ)
目をたじろがせがら、ニルは必死に言い聞かせた。乱れた心を抑制させるのは、唯一、自分の自制心だけだった。
今は、悪いことは考えたくない。だが、引きとめようものならこの思考は、ますます逆の方向へとばかりに、歯向かっていこうとする。
(そうだ。)
この疑問を少しでも明らかにする方法を閃いた。部屋を出ると、中央の一風変わった階段をかけ降りて行った。
そして入り口のすぐ側にある、窓口へと駆け寄った。
「すみません、301に住んでいた人が昨晩出かけたと思うんですが」
見るからに焦っているニルを見た管理人は、怪訝な顔で答えた。
「ああ、その人ならもう出て行ったよ」
「そんな……」
(なんてことだ、やっぱり出て行ったんだ……)
怪訝な顔をした管理人を倒す勢いで、ニルは出来る限り、詳しく聞きだそうとした。
管理人はずっと拒んでいたが、それでもめげず“どうしても“と執拗に懇願するニルに、とうとう諦めたかのような顔を見せた。
すると管理人はその巨漢を重おもしく持ち上げ、奥の棚の乱雑にはみ出るファイルの中から一つをとってきた。そして溜息吐きながら、どしんと椅子を沈ませた。
どうやら契約書がまとめられているファイルのようだ。

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