文明の利器と羨む彼女の話
能力者本部の建物内を、センティフォリアは慣れた足取りで歩いていた。
リンカーのサポートやバックアップを担う本部に訪れる機会は多く、今回の目的は定期的に開催されるブリーフィング。参加を強制されるようなものではないが、センティフォリアは出来るだけ都合をつけて参加するようにしていた。
マスターである和泉と普段から行動を共にすることが難しいセンティフォリアにとって、正確な情報を手に入れることは自身の行動指針を見定める上で大切なことだ。自分に出来ることが限られている分、得られる情報を整理することで、出来ることを把握しておく必要がある。
せめて、和泉が傍に居てくれたなら──そんな思いが胸をよぎって、センティフォリアは首を振った。
和泉が仕事を優先することに、文句などない。それは本心だ。協力をお願いしている立場なのだから、自分に彼の生活を変える権利などないことは理解している。それでも、歯痒さは拭いきれるものではなかった。
足を止めて、静かに息を吐く。
「……………よしっ」
一度足元へと落とした視線を、気分を切り替えるように、思いきって上げた。
瞬間、ふと聞き慣れた振動音が耳に入る。反射的に自身のエプロンドレスのポケットに手をやるが、音の出所は少し離れている。
電話の着信なのだろうか、一向に鳴りやまない音に周囲を見回せば、青年が一人、険しい顔でスマートフォンを睨みつける姿が目に入った。手の中で震える端末を持て余すように、ひっくり返したり、側面を確認したり。そうこうしているうちに、音が鳴りやむ。
数秒の後、再び鳴り始めた振動音は、あ、という青年の声と共に切れた。相当に焦っているのだろうか、舌打ちがはっきり聞こえるほどにセンティフォリアが近付いてみても、青年の視線は手元のスマートフォンに注がれたままだ。
三度目の着信を受けて、苛立ったように悪態を吐く様子に、流石に見兼ねて右手を差し出す。
「よろしかったら、貸していただけます?」
センティフォリアが声を掛ければ、え、と驚いたように、青年は一瞬だけ動きを止めた。それでも、よほど困っていたのだろう。素直に端末を手渡してくる青年に、センティフォリアは笑顔を返した。
手元に注がれる青年の視線を感じながら、画面に指を当てて、滑らせる。
『あ、ノア? ノア、今どこですか?!』
通話状態となったスマホから聞こえてきた、慌てたような少女の声と、画面に表示された“心”という名前に添えられる《マスター》という表記に、笑みがこぼれる。ノアと呼び掛けられている青年へとスマホを返せば、こちらも焦るように耳に当てた。
もう、大丈夫だろうか。
電話に出られなかった経緯を罰が悪そうに説明している青年を、少しだけ見守ってみれば、通話をしながらも律儀に感謝の意を手で伝えてくる。センティフォリアも口の動きだけでそれに応えて、会話の邪魔をしないように、その場を離れることにした。
建物を出たところで、何となく自分のスマートフォンを取り出して、電話帳を開く。指を滑らせて、和泉の名前で画面を止めた。
最後に声を聞いたのは、何日前だろうか。
和泉に関心がないわけではない。同じ魂を持つ相手という唯一無二の存在に、興味がないわけがなかった。
しかし、忙しいのではないか、せっかくの休憩時間に邪魔ではないだろうか──そんなことばかり考えて、自分から電話をかけたことなど、なかったかも知れない。用事があれば、時間のあるときに確認できるようにと、メールを利用してしまう。自分と和泉のやりとりには、タイムラグがあるのが当たり前だった。
だから、マスターからの着信に慌てる青年が微笑ましくて、少し羨ましくもある。
「電話……しても、よろしいのかしら」
画面に映る自分のマスターの名前を、じっと見つめる。長話をしたいわけではないし、忙しそうならすぐに切ればいい。少し声を聞くだけなら、何の問題もないはずだ。
そう自分に言い聞かせながら、ダイヤルマークに指で触れる。
少しの不安と緊張を抱きながら、センティフォリアはスマートフォンを耳に当てた。
fin. 2019/02/19
thanks!!
⇒ ノア/奏夜 心(翡奈月あみ さま)
⇒ SS『文明の利器ととある出会いの話』
