“かわいい”を作れない彼女の話
「わたし、勿体ないと思うんです」
昼休みも終わり、慌ただしくなりつつある午後の編集室。
真面目な顔で告げた宮杜から、校正の済んだ原稿を受け取った漱は、仕事とは関係のなさそうなその言葉に首を傾げる。
「何が?」
「先輩ですよ!何ですか、その機能性しか重視してない格好は!」
軽い気持ちで聞き返せば、想定外の強い口調で宮杜に詰め寄られて、漱は思わず自分の服を見下ろした。白いシャツに、濃いグレーのジャケットを合わせた、至って普通のスーツ姿。頻繁に外回りをすることもあって、パンツスタイルで落ち着いており、歩きやすさを考慮した足元は運動靴。
確かにお洒落ではないだろうが、仕事を考えれば真っ当な格好だろう。清潔感と機能性さえあれば良い気がする。
しかし、宮杜の考え方は違うようで、力強く頭を振って否定された。
「せっかく職場に制服がないんですよ? 好きな服を着て、仕事ができるんですよ? お洒落しようと思わないんですか?」
「いや、別に……?」
考える素振りもみせずに首を横に振る漱に、宮杜は信じられないと言うように目を見開いて、ため息を吐く。
「……先輩、素材は悪くないのに。勿体なさすぎます」
「悪くないって、宮杜……」
褒められたのか貶されたのか、判断に困る。
宮杜と言葉を交わすようになってまだ一年と経たないが、理由もなく他人の悪口を言うようなタイプではない。褒め言葉、と受け取っておくことにした。
「まぁ、でも、お洒落って言われてもね。あんたみたいに可愛い顔してるわけでもないしさ」
自分の容姿にこれといって文句などないが、可愛いなんて褒め言葉は、子供の頃に言われたきりだ。そもそも、宮杜と自分では明らかに系統が違う。
特に卑下するでもなく返したが、それが宮杜の変なスイッチを入れてしまったようだ。がっ、と空いた右手を両手で掴まれる。
「先輩!かわいいは、作れるんですよ!?」
「え……そりゃ、やる気と技術があれば作れるだろうけど……私には無理だって」
「大丈夫です!!!」
何が大丈夫だというのだろうか。
勢いに押されて引く漱に、構うことなく宮杜は、にっこりと笑う。
「わたしが、漱先輩の《かわいい》を作ります!」
「は?」
かわいいを、つくる。
それは、やはり、あれだろうか。目の前に立つ後輩のように、フリルやレースのあしらわれたブラウスに花柄のスカートを合わせるとか、シニヨン風にまとめた髪にリボンを飾るとか、伸ばした髪を綺麗に巻いてふわふわにするとか、そういうフェミニンな方向性の話になるのだろうか。
──考えただけで目眩がする。
「あー……あたし、そろそろ外回りの時間だわ」
握られた手をやんわりとほどいて、一歩、後ずさる。
「あっ、ちょっと先輩……!?」
宮杜が何か言うより早く、踵を返した漱の背に投げかけられるのは、逃げないでください!という宮杜の声。
同じような台詞は、成人前に飽きるほどに聞いた。ありきたりな喧嘩前の常套句。誰に言われても逃げたいなどと思ったことはなかったが、今回ばかりは逃げ出したいと心から思う。
「その話は、そのうち聞くから……!」
そのうち、が来ないことを祈りながら、出掛ける身支度もそこそこに、漱は会社を飛び出した。
fin. 2019/02/22
