願ってはいない出会いの話
商店の並ぶ賑やかな道を、セロームは歩いていた。特にこれといった目的もなく、すれ違う人たちをぼんやりと眺める。
セロームが地球へとやってきて、約三ヶ月。警戒していたマスターの気配もまるでなく、穏やかな日々が続いていた。本部に顔を出して地球について学びつつ、他のリンカーのサポートをする。住居を固定されてしまったのは厄介だが、こうして外へ出てしまえば、わざわざ口を挟まれることもない。
初めて経験すると言っても過言ではないほど、平和な日々が続いていた。
だから、きっと、気が緩んでいたのだ。
景色と同化する人たちの中で、その少女だけが気付いた時にははっきりと浮かんで見えていた。
風に煽られた黒髪から覗く、鮮やかな寒色の髪。惹かれるように、視線を向けた瞬間。
「……さなき?」
しまった、と思わず手で口を塞ぐも、既に遅い。
明らかに周囲から聞こえる音ではない高音が脳にはっきりと響き、口にしてしまったのは、今さっき初めて目にしたばかりの少女の名前だった。
振り向いた少女の瞳が、セロームを捉える。驚きと困惑を浮かべた顔は、初めて見るはずなのに、どこか懐かしささえ覚えた。
「………っ」
止めてしまった足に力を入れて、少女が口を開くより早く、逃げるように身を翻す。背後から声を掛けられた気もするが、構うことなく走り出した。
ただひたすらに駆けながら、後悔と自己嫌悪に襲われる。マスターなど必要ないと、例え見つけたとしても名前など呼びはしないと、思っていたはずなのに。
胸に広がる苦しさは、全力疾走をしているがためなのか、後悔ゆえのものなのか、それとも──鮮明に記憶された、過去のせいなのか。
心の隅で覚えた少しの安堵には気が付かないふりをして、少女が自分を見つけることがないようにと、ただ、それだけを。
fin. 2019/04/19
thanks!!
⇒ 剰水 さなき(翡奈月あみ さま)
