The infinite world



誤魔化すように笑う彼の話


「花をあげたいんです。八重桜をもらった、お返しに」

 店を出て行くれんを見送ってから、七竃は男性店員へと向き直る。
 相談があると声を上げてから心持ち身構えた様子を見せていた彼は、少し肩の力を抜くと同時に、どこか納得したように頷いた。この店で八重桜を買ったれんのことを、覚えていたのかも知れない。

「でも、花は水を替えたりしないといけないから……逆に迷惑ですかねー」

 れんは忙しいし、と七竃が悩むように呟けば、この手の悩みはよく相談されることなのだろうか。間を空けずに、じゃあ、と返される。

「水を替える必要のない花はどうです? 少し値は張りますけど、プリザーブドフラワーとか……手頃な感じだとハーバリウムとか、贈り物に買う人も多いっすよ」

 ブリザード? と首を傾げた七竃に訂正を入れながら、男性が案内してくれたのは売場の一画。生花を買うことで頭がいっぱいだった七竃はあまり注視していなかったが、棚には華やかな品が並んでおり、ちょっとした雑貨屋のようだ。

「これがプリザーブドフラワーで、こっちがハーバリウム。種類も色々あるんで、よかったら手に取ってどうぞ」

 促されて、小さめのプリザーブドフラワーを手に取ってみる。値が張ると言っていただけあって、シンプルなものでもそこそこの値段がついている。普段から然程お金を使わないこともあり予算に問題ないが、あまり高いものを贈っても、れんは喜ばないかも知れない。
 プリザーブドフラワーを棚に戻して、今度はハーバリウムを手に取る。
 ガラスのボトルに液体の入ったそれは、持ち上げてみると思っていたよりも少し重い。植物やリボン、宝石のような石が詰められたボトルは、向こう側の光が透けてきらきらと綺麗だ。値札に書かれた金額も、確かにプリザーブドフラワーよりも手頃な価格で、れんも素直に受け取ってくれそうに思えた。
 手にしたボトルを棚に戻して、ハーバリウムの棚を改めて眺める。同じ形のボトルでも、シックな雰囲気からポップな雰囲気まで、中身によって印象が変わるのが面白い。
 赤い花弁が映えるボトルに目が留まり、手を伸ばしかけて、止めた。
 引っ込めた指で、耳に飾られた真っ赤なピアスを無意識になぞる。赤は《七竃》の色だ。飾っておくには複雑な色だろう。

「あの……気に入ったのがなければ、オーダーメイドもやってますけど」

 じっとハーバリウムを見つめる七竃が、悩んでいるように見えたのか。作業台に戻って花束の出来映えを確認していた男性店員が、提案するように口を開いた。
 振り向いた七竃に、説明するように付け足す。

「雰囲気とか相談して進めるんで、それなりにイメージに合うものになるとは思います」

 オーダーメイド、と吟味するように口の中で繰り返してみる。こうして悩んでいるよりは、好きな花や色を聞き出して、合わせた方が確実だろうか。問題があるとするならば、自分の色彩センスに全く自信がない点だが──目の前の男性と、完成した花束をじっと見比べる。
 先ほど、彼の作った花束を見たれんも素敵だと言っていた。きっと、経験もセンスも豊富にあるのだろう。

「オーダーメイドを選ぶとして……お兄さん、助けてくれます?」

「よ、喜んで……?」

 悲痛にすら聞こえる声で問われて、驚いたのだろう。とっさに口から出た言葉に、男性は首を捻っている。七竃自身も、思ったより深刻な声が出たことにびっくりした。
 何はともあれ、協力してくれるという男性の言葉に胸を撫で下ろす。れんが素敵だと思う花束を作る店員さんだ。彼が助けてくれるのなら、大丈夫だろう。

「じゃあ、お願いします。あ、でも、今日はこれからお見舞いにいかなきゃいけなくて」

「あぁ、今日じゃなくていいっすよ」

 いつでも大丈夫だという男性の言葉に甘えて、男性が店にいる日を教わる。今日の買い物の支払いを済ませて、綺麗に仕上げられた花束を受け取った。
 テイストの違うふたつの花束を抱えた七竃は、ありがとうございました、という声を背に受けながら店を出る。

「れん、お待たせ!」

 少し離れた場所に佇んでいるれんを見つけて、駆け寄った。
 考え事でもしていたのだろうか。肩を震わせて振り返ったれんは、驚いたように目を瞬かせる。

「……あぁ、七竃。用事はもういいの?」

 頷けば、そう、と返してくるれんの視線は、敢えて七竃を視界から外すように、逸らされた。その表情が傷ついているように見えるのは、気のせいではない。

 れんが傷ついたような顔をする原因を、七竃は知っている。七竃に《七竃》を重ねていることを自覚したときだ。七竃に対する罪悪感から、《七竃》のいない現実を直視しては、れんは繰り返し傷つくのだ。
 その度に、七竃は自分が対応に失敗したことを理解する。理解しているのに、誤魔化すように笑うことしかできない。

 ──《七竃》。

 彼がどんな人物だったのか、れんは語らない。周りの人に訊ねてみたこともあったが、具体的なことは誰も話してはくれなかった。自分が《七竃》を知り、《七竃》として生きることがないように、れんが口止めをしているのだろう。
 自分を《七竃》とは違う存在だと認めることで、れんが哀しい思いをするのなら、自分の存在など認めてくれなくてもいい。れんが笑ってくれるなら、自分は《七竃》でも構わないのに。

「……もうすぐ、面会時間ね」

 行きましょう、と歩き始めたれんは、強がりに近い優しさで、今日も自分を傷つける。

「そうだね。唄ちゃん、起きてるといいなー」

 花束を抱え直して隣を歩く七竃は、何も知らないふりをしながら、れんの表情を伺って。

 今日も《七竃》を探している。





fin. 2019/09/19

thanks!!


⇒ 花屋の店員=宍戸 守詩(翡奈月あみ さま)

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