未来はいつも
一時間ほど――この時代では半刻だっただろうか、が過ぎた頃。少し色あせた座布団に腰を下ろしながら、俺は眠りについていた。どうせ起きていたところですることもなく、襲いくる睡魔に抵抗する理由も無かったから。
深く落ちていった意識の中で、懐かしいような夢を見た。
だだっ広いだけの白い空間に、俺は立っていた。
上も下も、右も左もない空間。――いや、ないというには語弊があるかもしれない。正しくは、分からない、のだ。
世界があまりにも白すぎるから、どこが果てかが分からない。
ふわりと、突如髪の長い女性が現れた。
彼女は赤い着物に身を包み、まるで闇の如く真黒い髪を横に結わえている。そして、その"扉"も突然世界に現れた。
とてもとても、重そうな扉。
あまりにさびていて、光沢を失っている扉は、ぎいと重たい音をたてて開いた。その先はひたすら黒く、まるで――彼方の世界へでも誘われているかのような。
彼女は僅かに開いた隙間に手を伸ばし、半身を滑り込ませた。
「…ッ、まっ――!」
俺の伸ばした手が届く前に、彼女は消えてしまって。その代わりに異様なほど白い腕が伸びてきて、俺の首を捕らえた。
「お前は、何を望む」
低く、唸るような声だった。俺が何も言わずに――否、言えずに黙っていると、その声は言葉を続ける。
「何を捨て、何を願い、何を叶え、そしてまた何を捨てゆく」
「…もう何も要らない。ただ、幸せであれるよう祈るだけよ」
そうか、とその声は呟くと、酷く落胆したようにするりと手を離した。全てを拒絶するかのように、また重たい音を奏でて扉は再び閉められる。
白い世界に、俺は一人残された。
「――ん、な……くん――」
誰かが俺の名前を呼んでいるような気がした。
「…名前君!」
「っ、うわあ!」
目を開けると、そこには千鶴の顔が視界いっぱいに広がっていた。俺は思わず後ろに飛び退いて、壁に思い切り後頭部を殴打する。
うめき声をあげた俺に、千鶴は謝りつつ顔を覗き込んできた。
「…ごめんなさい、大丈夫?」
「……い、いやダイジョブ。どうしたの」
千鶴は女の子だから、個室を与えられた。別に俺は個室がほしかったわけでも原田との相部屋がいやだとかが言いたいわけではなく、ただ単純に、何故彼女がここにいるのかと。
その疑問が伝わったのか、彼女は
「…あ、うん。えと、ご飯くらいなら一緒に食べていいって土方さんが…」
そういわれ初めて部屋を見渡して、原田がいないことに気がついた。彼女の目の前に出されている二つの膳を見て、ああもうそんな時間なのかと呟く。
俺は千鶴にそうだねと頷いて、向かい合わせに座った。
暗くなりつつある周りの風景の中で、蝋燭の火が頼りなさげに揺れていた。
「それじゃ、頂きます」
その日は会話が弾むと言うよりは、お互いの"存在"を確認しあいながらの食事だった。
膳を片付け一休みしていた頃、原田が部屋に戻ってきた。彼は二人分の膳を重ねて軽々と持ち上げると、蝋燭の火を消してついて来なと笑いながら言う。
――笑顔ばかりは社交辞令といおうか、それでも明らかな敵意を剥き出しにされるより何十倍も気持ちが良かった。
途中台所を通って先ほどと同じ部屋に案内され、俺たちはまた昼間のように囲まれる。でもそこに、突き刺さるような視線も空気もあの時ほどのものはなかった。
そこで言われたことは、千鶴はこれからも男装をして過ごすということ。俺はこの後も原田と相部屋で過ごすということ。
そして――
「…一人、一番隊に入隊させる」
土方の言葉に、幹部方の顔が険しくなった。共通の人物を頭に思い浮かべているからこそ、その事実は彼らにとってあまり受け入れ易いものではない。
少し刺々しい空気の中、一番組の組長は愉しげに笑ってみせた。
「いいじゃないですか、強いなら。斎藤君の三番組を、即刻蹴散らしたんでしょう?」
「……その件に関しては総司、お前に任せる」
斬った張ったの騒ぎになることは必須の新選組に、弱いものは要らない。
沖田は暗に、そう言っているようだった。
「…明日は三番組と五番組が巡察当番だったな」
「はい、三番組が昼の当番になっています」
彼はそう最後に確認してから、合議をお開きにした。
さっき見た夢が、頭の中で繰り返される。何度も、何度も、何度も。
俺の名前を呼んでは、ひたすら笑っているんだ。
気が狂ったような彼女の声に、今はただ、目を閉じて耐えるしかなかった。
戻 | 目次 表題 | 進