来はいつも

君の流れる勿忘草色の胸臆 1 / 3


紅葉と呼ぶと、彼は嫌そうな顔をしながら決まってこう言う。


「忌名だな。枯れて死ねとでもいうのか」


葉の落ちる季節になると、彼はその髪色のせいで暖色の群れに隠れてしまうから。忌名というよりは皮肉に近かったのかもしれない。呼ぶべき名がないことの虚しさを知っていたので、私は喜々としてその名を口にしていたのだ。
ともに季節の名を名乗る。私は栄え、彼は枯れる。私は散り、彼は忍ぶ。
ただふと思いついた言葉を呼び名としていたのに、いつしかそれは私と彼を表すものになったのだ。ようやくそれに気づいたのは、死にゆく少し前の、満月の晩だった。






最後に見た夢は、黄色と赤が目に鮮やかな山の風景だった。それがつい三日前のこと。寝入ったふりをして、篝火の灯る門前をふらつき、飽きては中庭の椅子に腰掛けて朝を迎える。屯所は静まり返っていた。
藤堂は変若水を飲んだという。俺が殺してしまったせいで、彼は再び死ななくてはならなくなった。腹に埋まったままの弾丸が、腑を裂いては何事もなかったかのように癒えている。彼と同じように、この心臓か頭がなくならない限り、呼吸と意識は続いていくのだろう。人を殺すために生きる藤堂の道のために、背を押したわけではなかったのに。


「星が、あかい」


あの日から、俺の見る景色はあかい。楓の葉のように、あかい。傷もない腹が痛むたびに嫌な夢を見るから、起きていることにしたのだ。俺が頭を回している間、痛みに思考を傾けなければ、夢に引き込まれなければ、この体を動かすものは名前である。
葬式のような夕餉を終え、中庭に逃げ込んでいた。油小路に居合わせていた永倉と原田は、俺の目を見なくなった。俺が、彼らを見ていないのかもしれない。それはどちらかはわからない。
小路に不知火と天霧がいたように、屯所には風間が乗り込んできていたらしい。屯所にいた羅刹の殆どが死んだと聞いた。凍りついたように、この場所は静かだった。


「……名前」


男が一人、小さな足音を立てて背後に立っていた。彼は縁側に腰を掛けると、椅子に座っていた俺を見上げる。


「夜にはいつも、ここで君を見るね」
「寝る前に、ここにきているから」
「眠れないからでしょ」


沖田の珍しく鋭い声が、夜に響いた。


「……知ってた。化物なんだって、知ってたのに、なんで、行っちゃったんだろう」


そういった死に近い場所を、春は好きだと知っていたのに。


「平助を殺したのは、俺なんだ」
「――彼は、生きてるよ」
「羅刹として?」


口を閉ざした音がした。彼は言葉を続けずに、視線だけをそらす。俺はどこを見ているのかわからず、ふらふらと視線を彷徨わせていた。


「平助は、生きていたかっただけなのに」
「……平助君の傷は、刀じゃない。殴られたんだよ」
「違う。そんなの、治ってる今じゃわからない」
「君は、本当は気づいてるんだ。平助君にあれだけの傷を負わせたのは、名前じゃない」


名前じゃないんだ。
中庭に足を下ろした彼は、俺の目の前に立ちふさがると、やはり温かくはない手で俺の右手を掴んだ。


「僕も変若水を飲んだ。僕も彼と同じ、羅刹なんだ。もう人間じゃない」


紅い瞳が、俺を射抜く。瞬きをしても、乾いた眼球が疼くばかりだった。


「でも、平助君は生きてる。僕も生きてる。君だって、生きてるんだ」


冷たい手のひらが、じんわりと熱を帯びていたのがわかった。頬に冷えた一筋が流れる。
彼はそれからゆるゆると両手で俺の頬をはさんで、かすかに微笑んだ。


「これで、僕も君と同じ化物になったんだ。化物だってね、疲れたら眠っていいんだよ。それでもし、目が覚めた時に君が名前でないのなら、僕が代わりに君を殺してあげるから」


温かい。風は冷たい。星空は他人事のように煌めいていて、彼の頬は相変わらず青白い。この場所はとても静かで、自分の心音が体内でこだましている。
暗い夜でも、彼の瞳は夏の山々のように深い緑で。持ち上げた俺の指先は、まだ人の色をしていた。
彼の瞳の際をなぞる俺の指先を払うでもなく、結んだ唇をかみながら、彼は瞬きを一つする。


「……総司には、普通の人間だと、思われていたかったんだけどなあ」


鋭い雨の音を聞いた。
彼は両目を緩やかに細めて、頬に添えていた手をするりと離した。彼に触れていた右手を握って、そうして俺の隣に腰掛ける。前の屯所に置いてあったそれより少しばかり狭い椅子は、二人の隙間を埋めていた。


「油小路に行く前に、左之さんに聞いたんだ。
でも、結局、僕も君も同じ化物なら、それが普通なんだよ」


細くなった喉で、息をする。胸が押しつぶされたように、息を拒む。丸めたがる背中を、叱る人はいなかった。
――違うものになりたくなかった。同じ人でありたかった。同じもので、ありたかった。だから、彼女もそう告げたのだろう。沖田と俺と、彼女と彼は、同じようなものなのだ。
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