来はいつも

君の流れる勿忘草色の胸臆 3 / 3


赤い色は、職業柄か血を連想させる。皮膚を裂いて溢れるその色は、誰彼の体の中を走るもの。彼女の色は、そういった色だった。


「おい左之」


あの任務の後から、夕餉の前と寝る前には決まって永倉が愚痴を吐きにやってくる。自室ではいつ名前が帰ってくるかはわからないので、話をするのは永倉の部屋だった。
今日も飽きずに――いや、諦めきれずに、酒を飲みながら憂さを晴らす。そうでもしなければ、この屯所の妙な静けさに呑まれてしまいそうだった。


「……おめえはもちろん、知ってたんだろ?」
「どれをだ」
「決まってんだろ、名前のこと以外、何があるってんだ」


藤堂が変若水を飲んだことがきっかけなのだろうか。それよりもきっと最初からズレてきてはいたのだろうけれど、目に見えてはっきりとわかったのは、やはりそれしかない。可愛い弟分のようなものが、人とは違う別のものになってしまった、そうさせられてしまったのだと理解するにはあまりに痛みを伴う。同じように笑い、動き、戸惑うのだというのに。
永倉は猪口に注いだ酒をあおって、据わった目で原田を見た。


「……知ってた。それでもあいつは変わらずあいつのままだ」
「仲間を殺しそうになって、それでもお前はそう言えんのかよ!」
「それで誰も殺さなかったし、平助に止めを刺そうとしてた鬼の間に割って入ったのは名前だろ」


この会話も、もう何度目だろう。何度もそう確認しなければ、今このままの距離でいることが正しいのかもわからなくなる。
永倉は拳を腿に叩きつけて、目をそらした。彼女も、藤堂と変わらない。もうずっと、妹のようなものだ。永倉よりもそう感じているのは原田の方で、だからこそ、家族のような柔らかさと恐れがわかる。言うなれば、羅刹よりもはるかに、彼女のほうが得体もしれず、恐ろしかった。ただそう認めてしまうには、押し付けてしまうには、名前が近くにいすぎたのだ。
――盆に、名前にも浴衣をと言ったのは永倉もだった。あいつは男姿に慣れきってしまってるから、刀を持つのは、本来は男の仕事なのだと苦く笑ったのは、今も彼のうちにあるはずだ。彼は、優しすぎるのだと、知っていた。


「……どっかで、わかってたんだよ。糾問するって時もそうだった。何より、池田屋んときだって、俺はその時一番近くにいたから知ってんだ。あんな傷、普通なら死んでる」


助かるはずがねえんだよ。
何かが違うのだという違和感は、誰もが初めから感じていた。それぞれの中で懐疑心を別の形にしていた頃の方が、まだ健全だった。彼らも、新選組も。
間を置いて、徳利を傾かせて酒を垂らす永倉は、猪口から少しこぼれた酒を指で拭うと、それきり押し黙った。
波紋をぼうと二人眺めながら、ただどうしようもない漠然とした明日を思い浮かべる。居心地が良かった場所の変質が、ただただ――。


「……ここにいたいんだって、言ってたんだよ。千鶴も名前も、あんまり欲を言わなかっただろ? それが、ここにいてェって、泣いてたんだ」


それさえも、彼女の中からなくなってしまったら。彼女はいったい、何になるのだろう。
少しの衝撃で溢れてしまいそうな猪口をつまんだ彼は、原田を横目見ながら、喉に流す。彼の目はいつだって真っ直ぐだった。


「……お前は、優しすぎんだよ」
「似たようなもんだろ」


綿のような空気が、肺腑に詰まっていく。変わって欲しくないと言った少女の声が、脳裏で囁いていた。


君の流れる勿忘草色の胸臆

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