来はいつも

心緒は藍白色に染む 2 / 3


沖田は、本当は原田たちと共にいたようだった。部屋に入る直前に彼はいなくなってしまったという。それでも、眠る時に彼の言葉を思い出すと、ああきっと大丈夫だと、目蓋を閉じることができるようになっていた。目が覚めて彼がいることはないけれど、もしかしたら、俺が知らないだけなのかもしれない。

つい昨日まで眠っていた間、王政復古の大号令というものが発令されていた。それにより、朝廷が政権を取り仕切ることとなり、現在ある将軍職はなくなり、幕府が事実上瓦解することになるそうだ。
藤堂たちと話をした翌日、俺は土方の私室を訪ねていた。
以前に増して多忙を極めているようで、部屋に通されながらも土方の視線は文机から離されることはなかった。


「悪いな。これだけ目を通させてくれ」
「いえ、お気になさらず」


そう長くない間彼の結わえられた髪を何往復か眺めていれば、不意に彼はこちらに向き直り姿勢を正した。土方の鋭い双眸を見るたびに、心の奥を見透かされているような気がして背筋が伸びる。彼は相貌を崩さずに、用はなんだと聞いた。


「…平助がここに戻ってきてから、ずっと考えていました。やっぱり、俺は、ここを離れるべきなんじゃないかって……変若水のことを漏らされるより厄介でしょう、俺は」


出て行けとは言わないと永倉は言っていた。けれどそれは彼らの心遣いであって、状況を鑑みればそれが正しいと思えた。
土方は瞬きを一度した後、小さく、息を零した。溜息のようなそんなものではなく、詰めていた息を零すような、僅かな呼吸。


「――これから、戦になる。薩長相手にだ。どうなるかは俺も分からねぇ。それでも、俺は何があろうと新選組として前に進んでいくつもりだ。そこには、お前もいるつもりだったがな」
「――春が出てきたら、俺はどうしようもできない」
「んなもん、羅刹と似たようなもんだろ。それに言ったろ、もう無関係じゃねえだろうってな」


喉の奥で声が停滞する。
――俺を赦してくれた居場所。名前を呼んでくれる人たち。手放したところで行く当てもない世界。きっと、彼らと離れたらすぐにでも名前は消えてしまうだろう。それほどに、ちっぽけな人格。
最後まで生きろと、泣いていた陽月を思い出した。名前が最後まで生きるには、彼らとともにあり続けるしかなかった。


「平助は、お前を恨んでなかっただろ」
「――」
「負けねえって一度決めたら、折れるんじゃねえ」


一度決めたら曲げない。それは、土方が今も昔もずっと貫いていることだった。


「……わがままを、言っても、いいんですか…?」
「ああ、なんなら釣りがでるくらいだ」


土方は、薄く笑っていた。





伏見奉行所は広く、羅刹隊と共に人手の足りない夜番を任されて数日が経った昼頃のことだった。


「近藤局長が撃たれた!」


叫び上げながら玄関になだれ込んできた島田の声に、朝方から眠りについていた頭が一気に覚醒した。玄関まで向かえば、担がれて帰ってきた近藤の右肩から袖口にかけてすべてが真っ赤に染まっていた。
私室にまで運ばれ処置を受けている間、幹部方含めて大広間に集まっていた。状況を島田から報告されるな否や、永倉が一、二番隊を率いて近藤が迎撃された街道の調査に出て行く。慌ただしい奉行所の声に、騒ぎを聞きつけてきた沖田が現れた。


「何が起きたんです?」
「近藤さんが撃たれた」
「――!? それで、傷は深いんですか!?」


土方に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った沖田の表情は、見たこともないほどに揺らいでいた。浅くはねえよと答えた土方に更に動揺を見せる彼を、井上がたしなめる。彼の言葉に多少落ち着きを取り戻した沖田は、事のあらましを聞くとまた声を荒げた。


「今は危険な時だってわかってるくせに、どうしてそんな状態で行かせたんです!?」
「近藤さんが向かったのは、新選組局長として軍議に参加するためだ。幕軍のお偉方が集まる場所に、護衛なんざ引き連れて行けるかよ」
「……後ろ指差されたら、恰好つかないからですか?」


命よりも見栄が大切なのかと激しい口調で土方を責め立てる沖田を、井上と島田が押し留める。護衛については近藤たっての希望だったようで、島田は責めるならば俺をと歯噛みした。
――沖田は、きっとわかっているのだろう。近藤の人柄を考えれば、確かに、想像がついた。
それでも沖田はそうさせた土方の選択が赦せないようで、変わらず彼を睨み続けていた。


「もしも近藤さんが死んだら、それは、土方さんの所為ですからね」


吐き捨てた言葉に、土方が長く深い息を吐いた。
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