来はいつも

心緒は藍白色に染む 3 / 3


その夜も変わらず、奉行所の守りについていた。奉行所の裏手を藤堂、山南が、表は沖田、俺が警護していた。あとは隙間が埋まるように生き残っていた羅刹隊員たちがついている。近藤が襲われた夜だからこそとくに気を付けろとの土方のお達しもあり、それぞれがいつも以上に気を張っていた。
正面を固める沖田と俺は位置取りが近く、柄頭を撫でながら、何とはなしに彼を横目見ていた。
久しぶりに顔を見た。ここしばらく警備の場所が違かったので会わなかったのだ。だからといって話をするような雰囲気ではなく、刺々しい空気が皮膚を何度も突いていた。
――沖田を始めとする幹部方は近藤が道場主をしていた頃からの仲だという。とくに沖田の近藤への信頼はすさまじく、近藤が眠っている今も、その胸中は煮え滾っているのだろう。


「…気が散るから、そういうのやめてくれない?」


彼ははあと盛大な溜息を吐きながら、幾分か鋭い目つきで俺を見た。睨まれた、に近いかもしれない。気が尖っている彼をこれ以上刺激したところでどうにもならないので、素直にごめんと謝った。


「……体調は、大丈夫なの?」


変若水を飲む前は床に臥せっていたのだ。彼の腕は、まだ心なしか細いし白い。
伺うような目線が癇に障ったのか、殊更、強い口調で返ってきた。


「僕は全然問題ないよ」
「そう、」


良かったと笑えば、沖田は唇を一文字に縫い付けて押し黙った。
篝火が風に揺られて、火の粉が散っているのを眺める。
――夜番は、静かすぎて少し苦手だ。冬の空は澄んでいて綺麗ではあるけれど、その分だけ遠退いているように感じる。
眠れないことのほうが多かったので、空を見ることばかりだった日々もあるが、それとはまた違う感覚だった。まだ、慣れそうにない。
底冷えする夜気に、かじかむ手をこすりあわせた。


「……僕が、護衛に行けていればって、思ったんだ」


ぽつりと、唐突に沖田が言葉を落とした。
ちらりと隣にいる彼を見遣れば、白い息を吐きながら空を見上げている。


「――でも、僕にできることは、一つしかない」


彼は、平助君の所に言ってくると残して去って行った。
霜の降りる地面を踏む音は、彼の声に反して軽快な音を立てていた。

四半刻程だろうか、正面警備を離れるわけにもいかず、沖田が帰ってくるのを待っていると藤堂が駆け足でやってきた。沖田と換わったのだろうかとも思いはしたが、藤堂はあたりを見渡すような素振りを見せる。


「あれ、総司のやつどこ行ったんだ?」
「――平助の所に行くって、四半刻前くらいに」
「オレのとこ? 来てねえけど」


沖田の言葉を思い出す。


「――平助、土方さんに報告を。俺、ちょっと探してくる」
「そうだな、任せた」


凍えた足を縺れさせながら、奉行所を出て通りに向かって走り始めた。
沖田は、自分の事を剣だと言っていた。新選組の剣にしかなれない。だからこそ、病床で弱っていく自分自身を認めたくなかった。そして、今、こうして刀を取ることができているというのに肝心の守るべき近藤を守れず、為す術もなく奉行所を守ることしかできない。
――走るたびに、着流しの裾がはためく。隙間から入り込む空気が痛い。打ち刀が体動に合わせてがちゃがちゃと音を響かせる。それらに混じって、人の声が聞こえた。


「――ぎぃあ」


表通りじゃない。脇道に入れば、その声はもっと近づいていく。いくつかの角を曲がった時、血しぶきが目の前を横切った。


「……何しに来たの」


どさりと目の前で人が倒れ込んだ。彼の周りに数人の藩士が斬り伏せられている。まだ僅かに上下する胸が、止まっていくのを見た。
彼は脂を振り払って鞘に納めると、背を向けてゆっくりと歩き始めた。


「ーー総司」


彼は答えない。


「…ッ総司!」


数歩大股で走り寄って、彼の左腕を掴んだ。
振りほどくでもなく、それでも歩みを止めた沖田はこちらを視界にも映さない。そのまま彼の前に回り込んで、頭一つ分高い背を見上げた。


「総司、だめだ」
「……何が? 自分の務めを、果たしてるだけじゃない」
「そうじゃない、努めとか、役目とか、そういうことじゃない…!」


冬の冷えた空気は、声がよく通っていく。
沖田は苛立たしそうに目を細めて、何が言いたいのと低い声で唸った。


「……同じ化物だけど、でも、間違ってるって、気づいてるのに、こんなことしたら、もう、戻れなくなっちゃう」


不甲斐なさや遣る瀬無さを、敵を殺すことで拭おうとしている。敵は確かに、薩摩や長州で代わりないのかもしれない。大儀だなんだと飾れるだけのことを語れる資格は俺にはない。けれど、化物になってしまったのなら、せめて、自分の感情だけは、置いてきてはいけない。そうでないと、本当に、ただの化物になってしまう。そんなの、あんまりだ。


「……もうずっと、僕の方が化物だったのかもしれない。僕は、人を殺すことしか、知らない」


月の影が、彼の表情をより暗くさせていく。


「同じ化物だなんていったけど、本当に同じだったのかな」
「……総司が、同じだって、そう言ってくれたから、それでもいいんだって、思った。朝起きることが怖くない…って言ったら嘘だけど、前より眠るのが怖くなくなった。総司が俺のこと殺してくれるならって、だから……だから、そんなこと、言わないで……」


言葉の貧相な羅列が口惜しい。こんなことが言いたかったんじゃない。剣だけじゃない、沖田総司は、同じ化物だと言ってくれた目の前の男は――。いや、これは、彼に今言うべきことじゃない。
彼が同じだろうとそうではなかろうと、それらは等しく俺と総司の中では普通なことなのだ。どこも違わない。違いたくない。
彼の腕に縋りつくように握ってしまった手を離して、凍るような息を吸い込んだ。


「――近藤さんのとこ、早く戻ろ。それで、看病しながら隣でぐちぐち小言言えばいいよ。これから護衛は必ずつけてくださいって」


遠くから誰かの走ってくる音がする。藤堂に言伝は頼んだので、探しに来てくれたのかもしれない。
沖田は言葉を継ごうとしたけれど、口を噤んだ。それから、氷のような指先で俺の目尻を撫でた。


「――そうだね」


泣きそうな目をして、彼は大通りに向かって歩いていった。
駆け付けてきていたのは原田と斎藤だったようで、やり過ぎだとどやされたが、それでも近藤の峠は越えたようだとの報せに、沖田は目に見えて安堵していた。


心緒は藍白色に染む

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