未来はいつも
ものすごく、ものすごく意外だった。監察方の山崎といったらそれはもうきっと無口なんだろうと、偏見に近いものを抱いていた。
あの後結局原田が戻ってくることはなく、一刻程話をしていたのだが、勿論時々会話が途切れることもあったが、空気の重さを感じるほど酷くは無い。
もし彼が本当に無口だった場合、俺は今こうして笑っていられないだろう。
――ああ、人は見た目と役職によらないな。
俺はふふと笑みを零した。
「山崎さん、意外とお喋りなんですね…!」
「――君ほどじゃあないと思うが…、普段は必要以上に話すことは無いからな、そういう印象をもたれても仕方ないのだろう」
彼は揺らぐ蝋燭の炎を瞳に映しながら、目を細めた。
「…山崎さん、一つお願いがあるんですけれど…」
「何だ」
彼は少しだけ表情を硬くして、俺はごくりと生唾を呑み込んだ。
「……下の名前をお聞きしても?」
「何だ突然……烝、だが」
「……名前でお呼びしても?」
俺は彼を見上げながら手を合わせて、その返事を待つ。
お願いと言うべきものがそんなものだとは到底考えても見なかったのだろう。彼は思わず面食らった顔のまましばし停止し、逡巡すると目を細めていった。
「……構わないが…そう呼ばれるのはあまり慣れないな」
「っ本当ですか! 有難うございます!」
両手を合わせて拝むような仕草をすれば彼は目を丸くして、それから口元を歪めた。所謂空気を読めば、山崎のその仕草は不愉快ではなくただの疑問だ。問題はなさそうだ。
そんなとき。ふいにどたどたとこの穏やかな空気――と感じているのは俺だけかもしれないが――を引き裂く足音が響いた。すぱあんと勢いよく開けられた障子の向こうには、笑顔を浮かべる藤堂が居た。
「名前っ! 飯だぞ! め、し…………なに見つめ合ってんの二人とも」
「あ、藤堂さんどうしたんですか?」
しまりのない笑顔で振り向けば、彼は顔を引きつらせた。今日は何を言われても笑顔でいれそうな気がする。
俺はへらへらにこにことしながら彼を見やれば、彼はひきつった声で俺を指差した。
「…なにその気持ち悪ぃほどの笑顔は」
「気持ち悪いだなんて」
ねーと山崎のほうを向けば、なんともいえない表情のままぎこちなく頷いてくれた。
「…お前、まさか……そっちの気があったのか…!?」
「やだな、大丈夫ですよ。俺千鶴ちゃん好きだし」
藤堂の後ろにいた彼女の目をあわせれば、林檎みたいに真っ赤になった千鶴は瞬時に彼の後ろに隠れてしまった。
出会って早々衆道だなんだ思われたらたまったもんじゃない。
俺は行灯に息を吹きかけて消すと、山崎を急かして部屋を出る。さあ飯だ飯だと伸びをしながらそういえば、訝しげに目を細めてくる藤堂が横に並んだ。俺はなんだよと唇を尖らせると、彼は別にと厭な笑みを零してそっぽを向く。餓鬼、頭の中でふと浮かんできた単語に鼻で笑えば、釣りあがった目がぎょろりとこちらを睨んだ。
「おまえさあ……」
歩いていた足が止まり、彼はまっすぐに俺を見た。それは俺自身を探られているような感じがして、居心地が悪くて俺は目を逸らして前を見つめた。
「…なんか、変な奴だよな。何がって言われるとよくわかんねぇけど……違和感、っつうの?」
どれもしっくりこない言葉に、彼は顎に手を当てて考え始めた。それを俺は横目見てから、斜め後ろにいた千鶴の手をとって歩き始める。彼の曖昧な言葉に返すこともなく、角に差し掛かったとき、身を切るような空気を感じた。
殺気、だ。
それに気付いた瞬間、鯉口を切るあの音が聞こえた。
「――別に逃げませんよ」
「どうだかね。今一つ、君は信じられない」
信じる気なんて最初から毛ほどもないくせに。そう言いたくなるのを下唇を噛むことによってこらえ、首元にあてがわれた刃に触れた。ひんやりと冷たい硬質な感触が指先から伝わり、それらを払いのけるようにどける。力を入れれば彼はすんなりと刀をどかしてくれた。
「…沖田さん。喧嘩売るのは、やめて下さいよ」
沖田はニと口角を吊り上げて笑うと、刀身を鞘に納める。いつの間にかその隣に立っていた斎藤が、ひょっこりと顔を出して促した。
「…みんな待っている、早くしろ」
「早くしねえと新ぱっつぁんに全部食われちまうぜー」
首に両手を回し、斜め上を見上げながら藤堂は俺の前を歩いていく。振り返ってみれば、山崎の姿はもうとうになかった。
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