未来はいつも
信じてくれというのは無理なんだということは、わかっている。だから、両隣に座る沖田と斎藤が帯刀をしている理由を考えるまでも無かった。
刀がすぐそばにある所為なのか、膳が所狭しと並べられている所為なのか。少しの息苦しさを感じて、俺は息を吐いた。
「今日も相変わらずせこい夕飯だよなぁ。というわけで……隣の晩御飯、突撃だ! 弱肉強食の時代、俺様が頂くぜ!」
「ちょっと、新八っつぁん! なんでオレのおかずばっか狙うかなあ!」
「ふははは! それは身体の大きさだぁ! 大きい奴にはそれなりに食う量が必要なんだよ」
大の大人が繰り広げる目の前のおかず争奪戦に、呆れにも似た笑みを零した。互いのおかずを掻っ攫おうと交錯する箸を行儀がいいとは口が裂けてもいえないが、それでも賑やかな食事風景を見れば心が満たされるような気がした。
――不意に過ぎった薄暗い食卓の残像をふり払うように頭を振れば、横合いから箸がのびてきた。
「よっしゃほうれん草頂き!」
「っちょ、藤堂さん俺のおかずとらないで! 永倉さんのとってくださいよ!」
赤塗りの箸に挟まれた緑が踊る。それを躊躇いもせずに口に放り込む彼にむっとして、俺はすかさず藤堂の小鉢に入っている人参を突き刺した。口の中に放れば、ほんのりと広がる甘い味に目が細まる。
藤堂は「あ!」と声をあげて、再び俺のおかず目掛けて箸を向けた。瞬間、横から藤堂のお浸しを奪う永倉の箸が見えた。
「ああ! ちょ新ぱっつぁん! 俺のおかず!」
奪っては奪われて。こんなにも気の抜けない食事は初めてだ。俺はご飯を口に入れてほっと溜息を吐いた。
――ああ、釜で炊いたご飯がおいしい。
「毎度毎度こんなんですまないな」
原田が微笑しながらそう言ってくるものだから、俺は向かいの千鶴と目を合わせて笑った。
「……慣れましたから」
「慣れとは怖ろしいものだな……。このおかず、俺がいただく」
「…斎藤さんがそうやって意外なことをするのは慣れませんけどね。あ、沖田さんもういいんですか? 少食なんですね見た目通りに」
左にいる沖田が箸を置き、おちょこに手を伸ばした。
「うん、あんまり腹一杯に食べると馬鹿になるしね。名前は意外と多食だよねまあ見た目も馬鹿っぽいし」
にっこり。
あからさまに毒づかれた俺は、思わず米粒を噴出した。藤堂が汚えなんて叫んでいるが、それは軽く謝って沖田を睨みつける。
――見た目通り、中身も餓鬼っぽい性格してるな。
確かにご飯は千鶴が盛ってくれた分気持ち程多いが、昔から食にがっついているという自覚はないし今もそこまでではない。そんなことをつらつらと説明するのは気が引けるし、どうせ相手は沖田だ。また揚げ足を取られておちょくられるが落ちなのは分かりきっている。
俺は視線をご飯に移して最後にぼそりと言ってやった。
「…酒飲んでるほうがよっぽど馬鹿になりそうだ」
「ん? 何か言った?」
聞こえているだろうにわざとらしく聞き返してきた彼に、俺は何もと一言答えて白米を口に突っ込んだ。
「…似た者同士だな、お前ら」
ぽつりと零した原田の独白に、沖田と俺以外の全員が首を縦に振った。その言葉に反論しようと口を開いた俺を遮るように、襖が突然開かれた。
開かれた向こうにいたのは、険しい顔をした井上だった。
「ちょっといいかい、皆」
いつものように穏やかな声音だったが、その口から紡がれた言葉が――全ての始まりだった。
「大阪に居る土方さんから手紙が届いたんだが、山南さんが隊務中に重傷を負ったらしい」
全員の息を呑む声が聞こえた。土方からの手紙によれば、大阪のとある呉服屋に浪士達が無理やり押し入ったらしく、駆けつけた山南さんたちが何とか浪士達を退けたが、そのときに怪我をしてしまったらしい。
「相当の深手だと手紙に書いてあるけど、傷は左腕の事だ。 剣を握るのは難しいが、命に別状は無いらしい。数日中には屯所へ帰り着くんじゃないかな。 ……それじゃ、私は近藤さんと話があるから」
井上は事を簡潔に伝えると、そうそうに部屋を退出する。残された無音の空間で、千鶴の胸を撫で下ろす「良かった」の一言がやけに大きく響いた。
――生きていることは、いいことかもしれない。
生の先には、未来があるから。でも、その先に必ずあるはずだったものが崩れた瞬間。人は、死よりきっともっと深く、絶望するんだろう。
「刀は片腕で容易に扱えるものではない。最悪、山南さんは二度と真剣を振るえまい。片腕で扱えば威力は損なわれる。そして、鍔迫り合いになれば確実に負ける」
この時代の勝敗は、生死によって分けられる。生きれば勝ち、死ねば負け。
腰にぶら提げた刀は確かに。誰かの命を奪うためにあるものなんだと。心の中で、誰かがそう呟いて嗤った。
「薬でも何でも使ってもらうしかないですね。山南さんも、納得してくれるんじゃないかなあ」
「総司。……滅多なこというもんじゃねぇ。 幹部が"新撰組"入りしてどうするんだよ?」
ピキ、と空気が割れる音がした。首を傾げる千鶴に全員の視線が向けられる。それに気付いていないであろう藤堂が、右手を持ち上げ人差し指を立てた。身を乗り出した瞬間、千鶴が目を瞑る。塞がれた両耳から音が消えることを祈り、藤堂の指が新と手偏をかき始めた。
「普通の"新選組"って、こう書くだろ? "新撰組"は"せん"の字を手偏にして――」
「平助!!」
「ッ!!?」
原田の手が痛々しい音を響かせ藤堂の頬を殴りつけた。後方に飛ばされた藤堂の体。
聞こえないながらも、千鶴の体が強張るのを感じる。彼女は俺の両手をふり払い、後ろの壁にもたれて頬をさする藤堂の元に駆け寄った。
「いってえ……」
「平助君、大丈夫……!?」
「やりすぎだぞ、左之。平助も、こいつらのことを考えてやってくれ」
いつになく真面目な顔をした永倉はそういって、俺たちを一瞥した。悪かったなと呟いた原田に、藤堂は目を瞑って頬に手を添えながらいつものような口ぶりで。
「いや、今のはオレも悪かったけど……。ったく、左之さんはすぐ手が出るんだからなあ」
これが彼らの言う"大義"に繋がるのだから、やり方は乱暴だが途中で止めてくれてよかった。
それにしても、彼は少し口が軽すぎやしないか。
「今のは君らに聞かせられるぎりぎりのところだ。それ以上は気になるだろうが、聞かないでほしい」
――千鶴は聞こえていないだろうけど。俺の対応を見た彼らは、彼女が聞こえていないことを前提に"俺"に話している。その証拠に斎藤は俺を見ながら、
「忘れろ。深く踏み込めばお前の生き死ににも関わりかねん」
自然な動作で柄にかけられた左手に、俺は苦笑して両手を挙げた。丸腰で幹部方と刀を交えようなんて、命を捨てに行くようなものだ。そんな無謀なことはしたくないし、できない。
「俺は死にたくないって、言いましたから」
俺は茶碗にのせた箸をおろして、両手を合わせてご馳走様と呟く。とん、と叩かれた肩に振り向けば、原田が行くぞと無言で告げていた。
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