来はいつも

君の空五倍子色の意地 2 / 3


「左之ー。……生きてっか?」


奉行所の正面に幹部方が集まっていた。原田と二人でその屯している輪に近づくと、そこには藤堂と沖田、山南の姿もあった。


「……何とか。正直、夕方頃は死ぬかと思ったけどな。奉行所から出た途端に砲弾銃弾雨あられときた」


彼はちらりと俺の方を見てから、永倉の方に向き直ると薄く笑った。その顔には疲労が残っている。
俺の羽織がやけに血まみれなのに気づいたのか、千鶴が青ざめた顔をして詰め寄ってきた。大丈夫かと問われた声に、笑いながら頷いた。嘘は吐いていない。


「……名前、夜番だったよね?」


沖田が刀に腕を乗せながら、そう問うた。寝起きの所為か目尻が鋭い。


「……お昼頃まで寝てたよ。そうしたら慌ただしくなってきたから」


昼間動いても辛くはないと喉元にまで出かかった言葉を飲み込んだ。彼らの微かに繋ぎ止めている人の部分を否定してしまうような気がした。


「隊服、もらったんだね」
「うん。あちらさんと間違われても、ねえ」


千鶴と話をしている間も、沖田の妙な視線がそらされることはなかった。


「……今夜を逃したら、次の夜はもっと状況が悪くなってる。闇に乗じて、敵陣営に乗り込むしかねえ」


土方が眉間に幾重の深い皺を刻みながら、苦い顔で溜息を吐いた。その言葉に永倉は待ってましたと拳を握る。籠城を決め込むより特攻が性に合うと、彼のそういうところは、土方も救われるのかもしれない。ただし現状はそんな作戦が遂行できるほど甘くはなかった。今日の戦闘で隊員の多くがあの高台のところに取り残されたままだ。正直、陣営に斬り込むには人が足りなすぎる。――土方の目線が沖田たちの方を向いた。


「ほぼ無傷の羅刹隊を使うしかねえ」


羅刹隊という言葉に、藤堂が一瞬呆ける。沖田がその肩を叩いて、日中寝てた分取り返さなきゃねと言った。
その言葉に藤堂ははっとして、そうだよなとぎこちなく笑った。
――何か言葉をかける前に、聞き慣れた破壊音が響いた。続けざまに放たれた轟音に、足元が揺らいだのを感じる。土方の号令とともに、駆けだそうとした腕を誰かに掴まれた。


「え、そ、うじ…何してるの早く――!」
「君は、前線に出ないで」
「こんな時に何言って…!?」


噛みつかんばかりの勢いで詰め寄れば、沖田は後ろの千鶴に預けるように俺の肩を押した。


「名前君!」
「千鶴ちゃんとここに残って」
「今更! 一人でも戦力になればそのほうが――!」
「隊服着てるんだったら、命令は絶対でしょ」


それだけ沖田は言い残すと、身を翻して目の前に広がる敵を一掃し始めた。奉行所内に近いので、門付近に比べれば敵の数も多くはない。彼の背中が、誰彼の血に塗れるたびに、千鶴の手が俺の袖を掴んでいる。
――戦地に向かうことを拒んでいた原田が自ら、この羽織を渡したのだ。どんな思いで今日、戦っていたか少なからず理解はしているつもりだった。その思いを、蔑ろにしてほしくはなかった。他でもない沖田なら、似たような思いをぶら下げていると思っていた。新選組の剣にしかなり得ない彼。俺は、新選組の役に立つなら盾になったっていい。原田は違うと言ったが、見知った彼らが死んでいく様を見なければいけないのなら、受けた傷も治る俺が盾になった方がいい。


「……多分沖田さんは、名前君にこれ以上、傷ついてほしくなかったんだと思う」


後ろにいた千鶴が、小さな声でそう呟いた。剣戟の音に紛れるほどの声は、確信めいていた。
どたどたと奉行所内からも忙しない足音が響く。刀を抜けば、二人の男が奥の廊下から向かってきている。奉行所にはまだ旧幕府軍の援護は来ていない。足りないのだ。最新鋭の武器に対して、人が。
男の手には刀と槍だった。彼女の腕を払い除けて、刃毀れのする刀を振るった。銃声が響いている。二人を斬り伏せてそれから千鶴を通り越して屋外に飛び降りた。
彼女は守らなければならない。それは分かる。今までだってそうしてきた。今だってそうするべきだと思う。
千鶴を背にしながら、向かい討ってきた藩士たちの袈裟を切り裂き、腹を貫いて蹴り上げる。
千鶴の言葉が、頭から離れない。
銃弾が飛び交うが死んだ藩士の脇差を手にそれらを叩き切りながら、それでも必ず千鶴の前に戻るように動いた。
避け切れない弾は頬を掠め、腿を貫く。誰の血が零れ落ちているのか分からない程になった頃、強い煙の臭いが鼻を衝いた。
見上げれば、黒い薄煙が立ち上っている。


「あいつら、奉行所に火を放ちやがった!!!」


仲間の怒号が上がる。
――頭が酷く痛い。先程より比べ物にならない程、吐き気を催すような痛みが頭蓋を締め付ける。
今春が現れたら、この状況は一変するだろうか。


『負けねぇって決めたら、折れるなよ』


分かっている。あの時仲間が無事だったのはたまたまかもしれない。
負けるなと歯噛みするたびに、眩暈を引き連れてきた。
目の前の男が剣を振り上げる。いつの間にか刀を取りこぼしていたのか、両手に重みはなかった。
目を瞑ることもせずその軌道を追っていれば、不意に男が倒れ込んだ。


「規律違反だよ名前」
「そうじ」


撤退だ。
遠くで土方の声がした。彼が落ちていた俺の刀を拾いあげて、鞘に納める。そうして腕を引っ張り、千鶴と共に走り始めた。
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