来はいつも

声音は秘色色の涙だった 1 / 3


沖田は何も言わなかった。ただ、夜になると意識のない名前を負ぶって進み続け、大阪城を一心に目指していた。陽月も一人で歩けるほどにはなったが、それでも歩く速度は速いとは言えず、二日目にしてようやく辿り着いた。
日も暮れなずむ頃に大阪城の城門をくぐり、与えられた部屋で名前と陽月の傷の処置をしていた。十分に傷口の消毒もできていなかったのだ。普通の人であれば膿んでいたかもしれない。


「これで足りそうか」
「山崎さん、有難うございます」


原田と沖田は土方の元へと出払っており、様子を見に来た山崎が何かと手伝ってくれていた。
――大阪城には散り散りになった新選組の彼らとその他の幕軍が集まっていた。奉行所が火に巻かれた以上、再起をかけるならば大阪城に籠るしかない。まだここに辿り着いたばかりの状況では、これからの行動も現況も含めて千鶴には全く把握しきれていなかった。
一先ず陽月は外見上皮膚の盛り上がりを残して塞がったようで、しかし中身がまだ繋がっていないのだと笑えるような状況でもないのだろうにあっけらかんとしていた。目下の問題は名前の傷口で、どうやらふくらはぎだけでなく、腿や腹部にも銃弾を受けていたようで、塞がらない傷口から弾を取り出し、荒療治ではあるが先程傷口を焼くことで止血とした。できれば明日にでも、早急に松本の元へと下って診てもらえたら――。


「……名前君…」


散るのと枯れるのは同じがいい。
傍らで眠る陽月の穏やかな声音が、耳に張り付いて消えてくれなかった。

その夜、つい今日まで奉行所からそれぞれ分かれて行動していた幹部方が一室に集まっていた。城内には他の負傷した幕軍の兵たちもいることから、襖の外はまだ慌ただしいままだった。
沖田と原田は無事であることは分かっていたが、この場には土方、永倉、斎藤、山南、藤堂、そして島田に山アが大きな怪我もなく腰を落ち着けていた。ただここに、井上の姿だけがなかった。
――大阪城へと落ち延びている間に起こった状況は、相当なものだった。


「総司も原田も、千鶴や彼奴も、まずは無事で何よりだ。ひとまずは現在の状況を全員で共有しておきたいと思ったんだが――」


土方は千鶴たちの方に目を向けて、薄く笑った。誰も彼もその顔には拭えない疲労が浮かんでいて、永倉は本当になと安堵を零していた。
それから、彼は言葉を少しだけ濁しながら、目を伏せる。


「……源さんは、亡くなった。奉行所での戦いの際に、腹の銃創が致命傷となってな」
「そんな…!!」


穏やかに微笑む彼の姿がここにないだけで、まだどこかで生きているのだろうと。そんなふうに願っていた。――先の奉行所での一件で、本当は思い知っていたのだ。幕軍の数一万五千人に対して銃を装備した新政府軍五千人という、数だけで考えれば圧倒的だった勝利が、一瞬にして霞んでしまった。それほどまでに、あれらはあまりに凶悪だった。
目尻からはらはらと零れる涙を拭いさって、鼻を啜る。
夢も希望もねえ作戦会議だなと、原田がごちたのが聞こえた。


「それで…今回、幕軍はかなりの苦境に立たされている。中立だとかわけのわからんことを抜かして、援軍の要請を断る藩が多くてな」
「戦争がおっ始まってるてえのに、徳川の親戚にあたる尾張藩までもが中立派だ何だって言いやがってるんだとよ」
「ああ、しかも、薩長の連中が化物みてえに遠くまで届く新型の銃を使ってやがってな。こっちの射程の外から撃たれちまう上に、連射機能も付いてるときた」


土方と永倉の言葉に、全員が押し黙った。
もう刀で戦争する時代じゃねえってことか、と、土方の声だけが静まり返ったこの空間にぽつりと落ちた。


「…しかも、敵方は銀の弾丸を使っていました」
「銀の弾丸を……? どうしてですか?」
「羅刹隊対策に決まってるじゃん。向こうにも、俺たちのことをよく知ってる奴がいるんだよ。今回の戦で、羅刹隊の連中も殆ど殺されちまってさ」


藤堂が視線を畳に落としながら、そういった。
永倉がしかも、と不機嫌さというか脱力というか、兎にも角にもいつもの覇気をどこかに置いてきたような顔で、総大将様は俺らを置いて江戸に逃げちまったようだと零した。全員の顔が顰められる。これでは、なんのために戦って、井上は命すら落としたのかも、分からなくなってしまう。
――名前も陽月も、何のために、あんなに怪我を負ってしまったというのだ。おさまりかけた涙が一筋、頬を伝ってしまった。


「……名前も、江戸にある松本先生のところに養生することになるんだろ」
「――名前も、彼ももう前線には出られませんよ」


藤堂が零した声に、黙り込んでいた沖田が初めて声を上げた。


「……この間から話してたが、ありゃどういう意味なんだ、総司」


原田は以前から、本当は前線に出てほしくはなかったのだと言っていた。刀を握るのは男の仕事で、女の身である名前がそんなものに慣れる必要などないのだと。けれど、沖田の言葉はそんな思いから出ているのではない。前線に出られないのだ。出てはいけないのだ。
――散るのも枯れるのも。どちらも、想起されるのは終の姿だった。


「これ以上怪我を負っても恐らく治らない。今負っている傷が塞がったとしても、もう戦える力なんて残ってないと思う」


彼もね、と付け加えられた言葉に、理解せざるを得なかった。油小路でのことがあってから、名前の肉体の話は幹部方は全員知っていた。
誰も、言葉を重ねなかった。原田や藤堂が物言いたげにしてはいたが、これ以上は話を続けても士気が下がるばかりだろうと、土方は明日江戸に出立する旨を伝えて、この場は解散となった。
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