未来はいつも
「…だから、最後まで生きろよ」
オレも頑張るから。
――言葉は呪いだ。陽月は、最近よくそう言う。思い込みで人は死ぬ。言葉で人は不幸になれる。
「名前は、総司と一緒なら"大丈夫"だ。絶対。負けんなよ、羅刹も、春も、全部にさ。オレもお前も、総司だって化物だけど、同じ人間だ」
呪いが降りかかる。藤堂の、優しい呪い。
ぎゅうと肩を掴む両手に力がこもるけれど、それはどこも痛くもなかった。彼の心臓の鼓動が聞こえてくる。少しだけ早い鼓動だった。
化物で、人間。――そうだ、化物だ。藤堂もそんなことはわかりきっている。こんなふうに、夜に紛れることでしか生きることのできない羅刹。何度も老いては若返りを繰り返す身体。銃弾も刀剣も、ことごとく癒えていく。命を削って命を行使する、化物。それでも、人でいたかった。誰彼と同じように、笑い、泣き、思考する、人でありたかった。そうであろうと、藤堂はしている。沖田も俺も諦めた人間を、彼だけは、願い続けている。
「…っうん、負けない、平助も、負けない…っ!」
羅刹になった彼らも、生を繰り返す俺も、最期というものはそう遠くない日の話だ。それまで、たった短い、"それまで"の話。
藤堂の手が、するりと離れていった。足元が凍えそうなほどひどい寒さの中で、沖田よりも高い体温がいつまでも胸の裏側に巣食っている。
「名前」
――ここには、名前を呼ぶ呪いで溢れていた。
「またな」
彼は俺の頭をぐしゃぐしゃに掻き撫でながら、笑った。
外庭で待つ陽月と合流して、千駄ヶ谷への帰路に着いた。か細い提灯の揺れを頼りに歩いている足取りは、全身が雨に濡れそぼっているかのように遅かった。陽月は隣で聞き覚えのある童謡を微かに口ずさみながら、何も言わなかった。
「…おかえり」
千駄ヶ谷の家には、沖田だけがいた。明日の夜にでも出発すると告げてあったから、松本に治療の必要はないなと背を押されたのが数日前の話だ。当然のごとく、原田や永倉の姿もなかった。
居間にいた彼の後ろ姿に、今まで堪えていた涙がぼろぼろと堰を切ったかのように溢れてきて、障子を開けたままにその場にうずくまった。寒いんだけど、と変わらない口ぶりが余計にあの日々を彷彿とさせて、陽月に猫のように脇を抱えられながら火鉢の隣に移動させられる。
「……だから、止めとけばいいのに」
炭をつつきながらこちらを見やる沖田は息を零した。
そんなことはない。彼らと言葉も交わさなければ、この呪いは積もらなかった。ただただ、言葉にもなれない欠片が喉をひどく掻き毟っていくので、それが痛くて痛くてたまらないだけなのだ。
「…昼間、君たちが出て行って少しした後、左之さんたちが来たんだ」
「…っ、う、ん」
「釜屋にはもう戻れないからって、でも長居もできなくてごめんって」
背後で、陽月が部屋を出て行った音がした。
「手のかかる妹だったなって、笑ってたよ」
はい、と沖田が自身の背にあった風呂敷を俺の膝元に置いた。固く絞られた結び目を、そっと解く。解いていくたびに、はらはらと風呂敷に色濃い染みを作っていく。全く、あの二人の腕力のせいで、結び目が固すぎてこちらの指が痛い。皺だらけの端をつまんで開いて見せれば、薄い藤色に細い花が散る浴衣があった。
「今は、流石に薄くて着れないけど、」
去年の夏だ。沖田と何か月もまともに口をきかず、彼は労咳で気も塞いでいた頃。大文字焼ですかなんて井戸の前で会話して、山崎に怒られるぞと笑った日。変わらない身体の異常性を、彼がそんなことはないよとがたついた西瓜をかじりながら言った。
「夏になったらその浴衣、もう一回着て見せてよ」
「…馬子にも衣裳とか、いってた、くせに」
「だってそれ、左之さんが見立てたんでしょ。面白くないじゃない」
だけど、ちゃんと似合ってたよ。
沖田は炭をつつくことを止めて、代わりに俺の頭を撫でた。藤堂と同じ、けれど沖田の方が少しばかり大きな手で、髪を梳くような手つきで撫でる。
まだ春にもなっていないというのに。沖田は、自分のことも俺のことも、分かっているのだろう。浴衣の上に置いた手を重ねる彼の指の頼りなさに、また視界がにじんだ。両手で彼の手を握りしめる。千鶴も、こんなふうな気持ちだったのだろうか。ただひたすら、生き続けてほしいと祈るような。この指先から離れていく熱が、彼の痛みを少しでも溶かしてくれたら。そんな、途方もない祈りだ。
柔らかく温かな春が過ぎたら。この身体が終わるまで、そんな夢を、見ていたい。
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