未来はいつも
「くそ、貴様に用はない!」
「だからそれは俺に帰結するんだと何度言えば分かる。大体、出会った当初に春と看破できなかった己が不甲斐なさを、名前に押し付けるな」
陽月を相手に苦戦をしているように見えるのは、風間の攻撃を受け流して防戦をとっているからだろう。
天霧は風間の命に今日ばかりは少し不服そうではあるが従っていて、沖田は刀を抜きながらも眼前で戦いを続ける二人を見ていた。
「陽月、」
沖田の背に隠れながら、見ていることが正しいことなのだろうか。風間は春を探してここまでやってきた。陽月がそれを庇いだてする必要は、本当にあるのだろうか。春との最後の縁を、と彼は言っていた。ずっと、胸騒ぎがする。
陽月、と無意識にもう一度こぼれた声。右手は柄から離れていて、沖田の袂を握りしめていた。
「…チ、貴様も女も、紛い物も、全員殺せば済むか」
間を取るように足を引いた風間は、沖田を睨むと背後にいた天霧を一切見ずに声をかける。
「天霧、紛い物の始末をつけろ」
「…御意に」
本来であれば俺が直々に手を下したいところではあるが、と嘲笑を滲ませながらに言った風間に向かって陽月が剣を振り下ろした。
「…名前、下がってて」
「俺も――」
「名前」
天霧が仕方がないとでも言いたげに肩を落としながら間合いを詰める。
俺の刀の柄頭を沖田は左手で抑えると、視線だけを俺に向けた。
「――平助君の敵討ち、とでも言えばいいかな」
死んでないけど、と沖田は場違いにもくつくつと喉を鳴らして笑った。
柄頭を掴む沖田の左手を握った。総司、と思いの外小さな声で呼んでしまった名前に、沖田は返事をしない代わりに俺の手を握りしめた。
「…貴方も運がない。彼女と共にしなければ、まだ静かに生きていられたでしょうに」
「そんなの、君に決められたくなんかないんだけど」
今も、腰に刀を差している。何人と斬り殺してきた刀だ。今更、どうしてこんなふうに誰かの背中に庇われて、剣を抜くことさえできずにただ呆然と立っていることしかできないのだろう。
あたりはいつの間にか闇に包まれて、仄かな月の光だけが頼りになっていた。
頭が痛い。心臓が早鐘を打つ。冷たい指先が離れていった。
天霧の拳が沖田の脇腹を掠める。風間の振り下ろされた刀が、陽月の左腕を浅く切り裂いた。
「ッ」
呼吸が乱れたのは沖田だった。少しずつ、瞳に赤が差す。彼は天霧から間合いをとると、首を振ってこめかみを押さえていた。
「…っこんな、時に…!」
毛先まで真白になった髪の隙間で、赤い瞳が眇められる。彼は熱を孕む吐息を混じらせながら、天霧の迫る拳に向かって刀を振り抜いた。ぐっと止まった彼は寸でのところで切先をかわすと、素早く身を屈めて右拳を握り直した。沖田は咄嗟に鞘を抜いて盾にすると、拳の勢いを殺して後ろに転がりながら立ち上がる。陽月の血の匂いに反応してか、瞳が定まっていないように見えた。
奥で血の滴る腕でなおも剣を握り続ける陽月は、幹に足をかけると飛び上がり、頭上で剣を閃かせて風間の背後に着地する。彼が振り返って剣を振るより、陽月が足元から振り上げた一閃の方が僅かに早かった。
「ぐ、ぬぅ…!」
「っ捕まえた!」
風間の右脇腹を裂いた一撃。同時に、遅れて風間の剣が陽月の右肩を切り裂いた。
血飛沫が跳ねる。決して、少なくはない量。風間の右腕を陽月が握りしめると、彼の顔面に掴みかかった。しかし、風間が軸足をよろめかせながらも陽月の切り裂いた傷口を踏みつける。陽月の手は宙で留まり、地面に腰を打ちつけた。泥のついた草履が傷口を嬲るようだった。
「――やめて」
葉を、踏みしめる。足の裏で枝が折れる。風間の剣が閃く。音が、消える。
駆け出した一歩を嗤うように、風間が白刃を突き立てた。
「っが、はっ」
地面を穿つような突き。抜き取られ、再び振り上げられた時、目の前で沖田の袂が揺れた。
「っ総司!!」
「――! …は、…ちょ、っと、君さ、早く起き上がってくれない?」
倒れ込む陽月の間に滑り込むように、白がいる。
不利な体勢から滑り込んで、風間の振り下ろすだけの純粋な腕力に耐えられるはずがない。片膝をついて水平に受け止めるはずだった刀が、勢いを留められず沖田の左肩に僅かに食い込んでいた。
「チッ、紛い物風情が、邪魔をするな!」
「悪い、ねえ、沖田サン」
陽月の右手が、巨木に触れた。
「!? なんだ、これは…!?」
――木が、枯れていく。風間の頭上に、視界を遮るほどの紅葉が降り落ちた。
チリン。
いくつか前の屯所に置いてきた、風鈴の音に似ていた。懐かしいというのか恐ろしいというのか、その音は、そういえばいつも側にあったのだと思い出す。
天霧が身体の向きを変えて右足を踏み込んだ。季節外れの紅葉が――枯れた葉が、視界を色づかせている。
「…成り損ないだから、何かをいつも、犠牲にしなければいけなくなる」
気がつくと、陽月は風間の頭部を鷲掴んでいた。
「春も秋も、もう終わりだ」
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