来はいつも

瞳に映る空色の日溜り 1 / 3


銀の弾丸を持ち込まれるよりも前に逃走することができたものの、状況はある意味先程よりも緊迫していた。
突然姿を現したのは黒装束を纏った山崎で、彼が言葉を発するよりも先に沖田がその胸倉に掴みかかった。朝日が昇り始める木漏れ日と鳥の囀りの中に、彼の唸り声が鳴り響く。


「近藤さんが投降したって、どういうことだ!!」
「落ち着いてください、沖田さん!」
「落ち着けるわけないだろ…!?」
「総司、何があったのか、聞かなきゃ分からない!」


山崎と沖田の隙間に腕を差し込み、無理矢理引き剥がそうとした力に沖田は抗いはしなかった。山崎の襟元を掴んでいた両手がぶらりと重力に従って落ちる。数回咽せながらも、山崎は事の経緯を話し始めた。
釜屋から会津に移動する前に、下総の流山を物資の中継点として陣を張っていた。金子邸で事を進めていた最中、新政府軍に居場所を知られ、応戦してもとてもではないが勝てる戦力差ではなかった。逃走経路が断たれた結果、敵の目を背けるために近藤が一人、投降する事で逃げ果せたのだという。


「…なんだよ、それ」


――近藤が、土方を逃すために選んだ投降という選択肢だった。新選組は幕府軍として薩長の多くと対峙してきた。その局長ともなれば、投降したところで命など無いに等しい事くらい容易に想像がついてしまう。しかも幕府軍の状況は芳しくない。この中で、誰が一体近藤を救い出してくれるというのだ。
沖田は手の甲が青くなるほどに強く握った拳で巨木の幹を殴りつけた。


「土方さんが、裏切ったんだ」
「っ……あの状況で、そんなことができるわけがないでしょう!!」
「じゃあどうして、近藤さんが投降しなくちゃならなかったんだ!!」


沖田の怒号に、山崎は反論しようと口を開いたがまごつかせるばかりで、次第に固く唇を閉ざした。
土方を助けるためだ。局長という肩書きを、彼は振り翳した。そうでなければあの土方が頷くわけがない。沖田と同じほどに近藤と共に歩み進む事を願っていた土方が、二つ返事で彼を置いていく手段を選ぶはずがない。


「…助けに行く」
「無茶です…! 近藤さんの周りは新政府軍に固められていて、近藤さんの元にたどり着くことすら――」
「じゃあどうしろっていうんだよ…!」


――そんなこと、沖田も分かっている。どれもこれも、分かっていて、それでもこうなってしまった結末に土方は無関係ではない。それが、腹立たしくて悔しくて堪らないのだろう。
ちょうど昨日の夢で、近藤を見たと言っていた。試衛館の頃のということは、そこにいたのは彼だけではなかったのだろう。沖田の記憶の中にいるのは、近藤だけではないのだ。
どうして、と叩きつけた幹から拳が滑り落ちる。額を抑えた彼のその手には、掠れた血だけが残っていた。


「……土方さんは、今何処に」


覆い隠された表情に、山崎は言葉を詰まらせる。
沖田の低く這うような声音は殺意を孕んでいて、土方と出会したが最後――いや。


「……新選組の剣に、なりたかった」


二人の目が、俺を見る。
――沖田は新選組の剣であり続けることを願っていた。近藤を守る剣でありたかった。肺腑を冒され、人を捨てた。剣であり続けるために。
千駄ヶ谷から出る前に彼はどうすればいいのか分からないのだと言っていた。剣であり続けるには難しいことくらい自分自身がよく分かっていて、だからこそほんの少し先の話でさえ見ることもできなくなっていた。
そんな彼が、土方に出会ったとしても。


「…大丈夫です、烝君。俺と総司は、同じ化物だから」
「名前、君」
「剣であり続けたい、ただの化物だから」


近藤を守るための剣。その近藤が選んだ結末を、沖田は蔑ろにはできない。どれほど受け入れられなくても認められなくても、近藤が身を挺してでも守った土方を、どうして沖田が違うことができるだろう。
沖田は額に置いていた右手を口元に宛てがって、ずるりと地面に腰を下ろした。


「……そうだね」


掠れた声だった。今にも消え入りそうな声で、もしも山崎がいなければ、ここに彼だけしかいなければ、その頬には透明な筋が流れていたのかもしれない。


「……土方さんは、今何処にいるの」


山崎をまっすぐに見上げる瞳は、矢張り平生よりも揺らいでいたように見えた。
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