来はいつも

瞳に映る空色の日溜り 2 / 3


「…宇都宮城に向かっています。おそらくはもう着いた頃かと」


新政府軍を警戒しながら夜通し歩いたとしても五日とかからない距離だ。
山崎は深く瞼を落とし何かを思案した後、ゆっくりと俺を一瞥してから沖田を見下ろした。


「……貴方は副長を殺したいのだろうと思っていました」
「殴りはするだろうね」
「……同じ化物、ですか」


俺は座り込む沖田と思わず目を合わせてからへたりと力なく笑うと、山崎が微かに微笑んだような気がした。


「――撃てェ!!!」
「!?」


パァン!!


左から上げられた声に、身体を向ける。低木に紛れる銃身が黒光りしていた。放たれた弾丸が真っ直ぐに俺に迫ってきているのがやけに遅く感じた。――銀製の弾丸。避ければ弾道上には沖田がいる。刀を抜いていれば弾を弾くこともできたのだろうなと、柄に手を掛けながら――諦めて、目を瞑った。もしかしたら塞がるかもしれないなどと、そう思ったのは諦めるための理由が欲しかったからだ。
肉壁を穿つ音。皮膚が弾けて溢れ出た血が滴る音まで、鮮明に聞こえた。


「――……?」


誰かが俺の身体に寄りかかる。大きな背中に慌てて両手を平にして受け止める。瞼を押し上げると、そこには山崎の姿があった。


「すすむ、くん…?」
「逃げろ、名前君…!!」
「新選組の首を晒せ!!」


――朝日が、森を焼いている。夥しい血液が、じわりじわりと山崎の左の足を沈めていった。
ごふ、と山崎が血の塊を吐き出す。内臓を傷つけられて逆流してきた血はどす黒い。支えきれなくなって彼ごと倒れ込みそうになるが、沖田の腕が肩に回った。
そうして初めて、正面を見据えた。二十人はいるだろうか。重々しそうな銃が四丁。装填された弾が通常のものである必要はなかった。


「…山崎君、走れる?」
「…っぐ、……なん、とか」
「それじゃあ、名前のこと、頼んだよ」
「何、言って、」


ぐしゃりと乱暴に頭を掻き撫でられる。
――逃げて。言葉がなくとも、そう言われていることくらいわかった。目の前の敵の数を見て、共闘しても無傷でいられるわけがない。太陽の下で沖田が残っても――助かるわけが、ない。


「っ、ふ、ざけんな! 馬鹿!!」


山崎の血が止まらない。羅刹ではない彼にとって、この傷は致命傷だ。塞がらない傷に怯えた。立て続けに起こる目の前の圧倒的な死に、思考回路が詰まる。
山崎が腹を押さえながら一人で立ち上がった。名前君、とかけられた声は制止ではない。俺は刀を引き抜いて、山崎の前に、そして沖田の隣に立ち並んだ。


「二人の方が、生きられる」
「…馬鹿なのは君でしょ」
「五月蝿い。…一緒に生きるって、さっき約束したばっかだ」


どちらかがたった一人逃げたところで、俺も沖田も果ては見えている。
ジリジリと敵が距離を詰めながら、銃身が確と二人を狙っている。木陰に、と背後の山崎に言えば、援護しますと懐から苦無を取り出した。
――馬鹿だね、と沖田が息を吐くように笑って言った。
間合いを詰め合うような静かな攻防を、先に崩したのは沖田だった。
そして、血の雨が降り注いだ。
弾丸が飛び交う中、沖田と俺は背中を合わせながら一人ずつ確実に斬り伏せた。山崎は混戦に乗じて銃兵を殺していく。
弾が腕を掠めた。腕を上げ損ねたおかげで振り下ろされた刀を受け止めきれずに弾かれる。丸腰になった俺が距離を取るよりも先に沖田の剣が肉を貫く。その背中に迫る銃弾は、貫いた男を盾とすることで間一髪防いだ。
弾かれた刀は捨ておいて、腰に刺す陽月の一振りを抜き放つ。血の脂もついていない、綺麗な刀身だった。


「うぉおおおお!!」


彼らの雄叫びに心臓が震えそうになる。
血と汗で柄を取りこぼしそうになりながら、逃げては斬り続けた。何人目かも分からない男と対峙したとき、腿に鈍い痛みが走った。ついで、振り落とされた白刃が右肩口を僅かに切り裂く。
――春。こういう時は、あの油小路のような春の強さが欲しいと思ってしまう。容赦なく躊躇なく死へと導く彼女の剣筋を、俺は今持ち得ているのだろうか。春の気配は、何処にもなかった。


「っあああ!」


肉を断ち、貫き、切り裂き、血飛沫を浴び続けた。
吸い込んだ息が肺に届くよりも前に吐き出されていくような感覚だ。手足がひどく重い。膝をつきそうになるたびに、二人の姿を探した。沖田も山崎も、血に塗れていた。
銃声はいつの間にか止み、生きている人間の音が三つだけになった。
太陽は疾うに真上に昇っていた。
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