来はいつも

巡る若草色の約束 1 / 4


山野に屍が落ちている。新政府軍の仲間が集まってくる兆しはなく、太陽がジリジリと真上に上り詰めていく。沖田はそれを鬱陶しそうに睨みつけながら、それでも立ち上がって動こうとはしなかった。
立ち込める死臭にここから去りたい気持ちもわく。それ以上に、足は重かった。
撃たれた腿が痛い。山崎はもう、動かない。


「…名前、」


涙は涸れるのだと知った。ここ暫く川水で渇きを凌いでいたせいで身体は干上がっていた。涙腺にやる水分もないのだと随分と薄情な身体になっていた。
地面に放り出していた腕を引き寄せて、身を起き上がらせる。乾いた血の塊がぱらぱらと土に散らばった。


「……烝くん、だけでも、埋めないと」


山に死体を晒していれば獣が漁りにやってくる。仲間の身体を無惨に食い散らかされる末路を知っておきながら、易々とは逃げられない。
沖田が長い沈黙の末にそうだねと一言こぼすと、漸く腰を持ち上げた。それから俺を担ぎ上げて山崎の近くにある木の幹にもたれさせると、彼の苦無を向けられる。


「…怒られちゃうかな」
「土を掘る労力を労うべきだと思うけど」
「分かった、総司だけ怒られるんだろうね」
「何それ、相変わらず陰険だよね」
「烝くんは意外と根に持つ性格だった」
「とってもね」


聞こえてますよと、起き上がる気配はない。当たり前かと笑いそうになって、黙々と手を動かした。鍬でもあれば深く掘れたのにと言ったところでどうしようもないことだ。
沖田も次第に口数が減っていき、半刻程作業を続けていれば相応の深さの穴ができた。少しばかり窮屈だろうが、山崎なら許してくれるのではと軽口を吐く。
硬直の始まる彼の身体を持ち上げて、沖田は存外に丁寧な手つきで穴に埋めていく。土を被らせて、埋めていく。
山南の土まんじゅうには程遠い不格好さで、山崎の身体は還される。
ちょっとだけ休もう、とずり落ちるように背中の幹にもたれれば、沖田もそうだねと頷いて隣に腰をかけた。
木陰に紛れながら瞼を閉じる。日が沈むまで、泥のように眠りについた。





『名前』


夢で、誰かが呼んでいる。


『名前、名前』


柔らかな女の声だ。葉擦れの音に混ざって、鈴の音が響く。


『私の片割れ、私の鏡、私の残滓、私であった、私』


私とは異なる、私。
俺の輪郭をなぞるような手つきで指先が踊る。本体はどこにも見えない。ただただ、白い空間に身を放り出されている。


『私は春だった。私は名前だった。この身体は、春でもあって名前でもあって、紅葉のために在って、あの子のために在るものなのね』


揺蕩うような声に、意識が微睡む。
俺の、私のためにも在ったのだと、そう言いたいのに口がない。


『散るのと枯れるのは同じがよかったの。同じように、普通でいたかったの。名前にはわかる?』


今なら分かる。彼女の最期に願ったありきたりでいて罪禍となった想念が、分かる。
それでも、そうではないのだ。それでは希望が見えないのだ。散ってしまっては、枯れてしまっては、何処にも未来がない。


『――それなら、どうすれば良かったの?』


季節は巡る。途絶した終わりはない。死が身体を別ったとしても、幼稚で陳腐で無意味な祈りであったとしても。未来の話を、すれば良かったのだ。


『……未来なんて曖昧なものに、春も名前も紅葉もあの子も明確なものはないのに?』


それが、きっと希望というものなのだろう。紅葉が探そうとしていた救いだったのだろう。
姿形や記憶や意識や何かしらが混ざり合って溶け合って失われて構築されて、別の何かに変容してしまったとしても。巡っていくのだから、忘れなければ、何か一つでも覚えていれば。そういう、途方もない希望の話だ。


『……そう、強いのね』


彼女は笑った。名前は強いのね。
――強くはない。今だって、本当は泣いてしまいたい。子供のように声をあげて泣きじゃくってしまいたい。山崎の死を受け入れたくない。動かなくなった脚の意味に気づきたくない。生きろと願った陽月にも、負けるなと呪った藤堂にも、好きだと繋がった沖田とも、もう本当は未来の何処にも会えることはないのではないかと思えば恐ろしくなる。喪失に足は竦むし、千鶴の言葉を否定したくなる。
それでも、また何処かでと約束をした。未来の何処かで。そんな、約束をしたのだ。


『…』


彼女は――私は、或いは春は、不服そうに声を漏らして、それから可笑しそうに喉を鳴らした。


『そう、そう……それじゃあ、名前』


ぱちんとしゃぼん玉が弾ける音がした。


『またね』
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