未来はいつも
宿場町に全体に深い夜が降りてきて、皆が寝静まった頃に宿を出た。
獣道を進むには足が覚束ず、人の目を偲びながら街道を歩く。と言っても、誰ともすれ違うわけもないのだが。休み休み進んでも明け方前には隣町に着くだろう。あとは虱潰しにかと思いきや、沖田があの街道は元々内密で使われることもあった幕府御用達の宿があって、名を清水屋というそうだ。其処を当たればいいのではないかという妥当な意見もあり、真っ直ぐにその宿に向かうこととなった。
「……近藤さんはさ、お人好しなんだ」
石階段を踏みしめながら、彼は微かに荒れる呼吸の隙間で言葉を吐いた。
「放っておけばいいのに、自分だって貧乏道場で碌な生活を送れてないのに、気が付いたらどんどん食客が増えていってた」
馬鹿だよね。
彼は息をこぼすように笑う。瞬きの合間で、そんな頃の名残を追いかけては俺の相槌など必要のない言葉を落としていった。
「そんな近藤さんの力になりたかった。なれると思った。僕は誰よりも強かったから」
「…うん」
「でも、そんな近藤さんが一番頼りにしていたのがどこかの誰かさん」
ぴたりと、沖田の声が止まった。静かに息をする音が響く。砂利を踏む音がする。
葉擦れの音。さらさらと掠め合うそれに混じる、喉を詰まらせる呼吸が聞こえた。
「……近藤さん、もう、斬首に処せられてたんだ」
「っ」
首を斬られるということは、腹の奥に積もっていたどんな言葉も吐き出すことを許されずに殺されたということだ。腹を切って死ぬことで潔白を証明することも出来ずに、無惨に落とされた首は市井に晒されて腐敗を待つ。
沖田の、渇いた涙が落ちていく。跡にも残らない涙が石畳を濡らしている。それでも、彼の歩みは止まらなかった。
「……僕たちは…剣になりたいだけの、化物だって名前は言ったよね」
「…うん」
「僕は、今も、近藤さんの役に立ちたくて、近藤さんの剣になりたくて、」
最上段を上り切ると、しばらく石畳の道が続いていた。
沖田はずり落ちそうになる俺の身体を背負い直して、前を向く。
「名前と同じ、化物でいたい」
預かり知らぬところで起こった大切な近藤の顛末に何より自分自身に腹をたてて、信頼していたはずの土方が守られたことに煮えきれない腹積りを抱えている。山崎が、沖田は土方を殺すのかもしれないと言っていたのは、それほどまでに沖田が近藤に向ける敬愛と土方への確執は深かったのだと思っていたからだ。
「――だから、土方さんは殴っておかないと気が済まない」
絶対に。
そう言った沖田の声に、涙はもう滲んではいなかった。
夜明けが近づくにつれて次の宿場町が見えてきた。
彼はひとまず清水屋の看板を探し当てると、来た道を引き返して鳥居を潜り抜けた。何を、と尋ねるよりも先に境内にある古びた神楽殿の中に降ろすと、俺の頭をぐしゃりと撫でた。
「中で少し寝てていいよ。途中、我慢してたでしょ」
「俺も、」
「半刻しないで戻ってくる。だから、こんなとこで無理しないで」
沖田は俺の返答を待たずに踵を返した。
「総司」
今にも丸まってしまいそうな背中だった。心細そうだと形容してしまうには彼の心情の全てを推し量ることなどできないけれど、それでも、これから土方に会いに行って詰ったところで、結末に変わりはない。彼の腹積りが解けることも、土方との長年の確執に終止符を打つこともないのかもしれない。事実を確認することしかないのだ。それはどれほどに虚しいだろう。
沖田は歩みを止めると、俺を振り仰いで笑った。
「行ってきます」
朝にもなりきらない夜に紛れていく背中を見ていた。
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