来はいつも

虚勢と意地の浅葱色の盾 4 / 4


茶色の髪が、うっすらと赤みがかっている。月光の所為なのか、はたまた体調なのか、その頬は酷く青白く見えた。


「…おき、たさん」


明り取りから差し込む月の光。それに反射する二つの刃。
交錯し、ギチギチと金属の擦れ合う音が響く。


「…む、何者だ貴様」
「ちょっと君さ、余所見、しないでくれる?」


沖田の鍔が一瞬離れ、すぐさま刀を振るうも男がそれを防ぎ間合いを取る。ふわりと揺れた金色の髪は、見知ったあの顔を彷彿とさせた。
彼は沖田を見遣りながら、にやりと不適に微笑む。


「貴様の腕もこの程度か」


沖田はぎりと強く奥歯を噛み締め、力を込めたのか剣先が僅かにぶれた。
新選組の沖田総司といえば、隊内で一、二を争うほどの剣豪だ。対してあの男も、そんな沖田と余裕のあるような様子で戦っている。彼の強さが如何なものか、今までを見ずとも、沖田に問わずとも、容易に想像がつく。


「さて、そろそろ帰らせてもらおう。要らぬ邪魔立てするのであれば容赦せんぞ」


池田屋の惨状には全くの無関心のような口振りで、彼はそう言った。その声はいっそ穏やかなくらいで、向けられる敵意を事も無げに受け流している。


「悪いけど、帰せないんだ。僕達の敵には死んでもらわなくちゃ」


沖田は柔らかく微笑むと、何の前触れも無い動きで床を蹴った。
――止めないと。
上階はここにいる二人以外誰もいない。階下では未だ剣戦の音が響いている。けれど早くしなければと焦るほど、何が出来るのだろうかとわからなくなっていった。
俺はぎゅと下唇を噛んで、手近にあった茶碗を二人の間目掛けて投げつけた。
鍔迫り合いになっていた丁度互いの目のあたりに飛び、どちらともなく後退する。ずきりと疼いた傷口にうめき、こちらを忌々しそうに見る二人を見返した。


「ここには、彼しかいない。一階に、いってください、沖田さん」


息切れの所為で言葉が切れるも、それはしっかり彼に伝わったようで怪訝な顔つきをした。
俺は風間に対峙する形で二人の間に体を滑り込ませる。早く動けと心の中で念じながら、しかし不服とする沖田は俺の肩口を強く掴んだ。
彼は知ってか知らずか、それは藩士に斬られた傷口だった。思わず呻いた俺に手を離した沖田。
この状況を、風間はただ黙ってみていた。


「…かざーーあー……そこの人、退いて、下さい。もう池田屋内に、いる藩士は…片が、つきました。もうすぐ、ながい、夜が明ける」


思わず口が滑りそうになった名前を飲み込む。
血の臭いが離れない。
頭の芯がぼうっとしてきて、ああもうだめかもしれないと心のどこかで思う。死にたくない、と足掻きたいけれど、足掻く術さえ分からなかった。
そんな締りのない俺の心を見透かしたように、風間は鼻で笑って見せた。


「成る程、確かに会合が終わると共に、俺の務めも終えている」
「なら、君も仲良く一緒に牢屋に入ればいいんじゃない?」


沖田は俺を抜いて風間に刃を向ける。折角退いてくれるかもしれなかったのに、彼はどこまでもこだわるのか。俺はそろそろ立っているのに精一杯になってきて、ここに立つ意味さえなくなっていた。
彼が戦闘をやめない限り、階下に援護は出せない。自分が向かうには、少々出血量が多すぎた。
キィンと甲高い悲鳴が聞こえる。
視界の端で、沖田が体勢を崩したのを見た。


「! お、きた…さん!」


風間は厭な笑みを一つ浮かべて、足を振り上げる。――いつのまにか、体はしっかりと動いていて。風間と目が合った瞬間、心臓がドクンといやな心音を響かせた。


「がはっ!」


肺が圧迫され一気に空気が吐き出される。後ろに飛ばされれば沖田が受け止めてくれるも、俺は畳に倒れこんで何度も咳を繰り返しては、息を吸うことも吐くこともできずに喘いでいた。沖田が俺の名前を呼ぶけれど、それに返せる気力もない。風間は一際眉根に皺を寄せて、低姿勢のままの沖田に刀を振り下ろした。防ぐしか手立てのない彼は、明らかに不利な姿勢のまま、風間が繰り出す蹴りを受けるしかなかった。膳を巻き込みながら蹴り飛ばされた沖田は激しく咳き込む。
その口元には赤い血が流れていた。


「盾の役にもならんな」
「――だま、れよ。うるさ、い…な!! 僕は、役立たず、なん…か、じゃ、ないっ……」


風間は目を細め、つまらぬと一言呟くと刀を鞘に納めた。半壊した明り取りに手を置き、彼はくっと喉を鳴らす。


「…鬼ではないようだが…。名前、といったか。次に会い見える時、精々生き足掻いていろ」


そう言うと、彼は金色の残像を残して消えた。遠かった剣戟の音も絶え、代わりに近藤さんの指示を出す声が聞こえた。
近くで沖田は呼吸を乱し、拳を握り締めて何度も何度も呟いている。その声を聞くたび、間に入ることが間違っていたのかと問いたてられた気がした。


「くそ……! 僕は、僕はまだ戦えるのに……!」


痛い。
斬られた瞬間よりも熱を帯び、激痛を訴えはじめた。俺はぺたりと前かがみに座り込み、息を吐き出しながら言葉を紡ぐ。

熱くて、痛くて、今にも全部投げ出したい。

意識があることが辛くて――眠ってしまえば、目が覚めなくなるような気がして。それでも、言いたいことは山ほどあるんだ。


「なかまが、まってる、のに…!」
「……っはあ、…僕が、下に行って君が死んでたなんて、言われたら、後味悪いんだよね」
「そんなの……!」


そんなの、沖田さんにとってどうでもいいことじゃないですか。
そう言いたかったけれど、言葉がうまく声に出なくて、掠れた呻き声が漏れた。
――ああ、本当にもう。


「……ば、か…じゃない、ですか」


最後に悪態を吐いて、頭を殴りつけるような激痛の中に意識を沈めた。もういいやと思った瞬間、張り詰めていた糸がふつと緩んで、目の前が一瞬にして真暗になる。

耳元で、誰かの声を聞いた。



後に池田屋事件と称されたこの討ち入りで、新選組の名は広く知れ渡るようになった。
沖田、藤堂、永倉の幹部方を始め、他隊士数名も重軽傷を負い、新選組も多大な影響を受けることとなる。

彼との邂逅も、背負った傷も、吸い付いた血も。
その本当の意味さえ、知らぬまま。
ゆっくりと少しずつ噛み合っていった。


虚勢と意地の浅葱色の盾

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