来はいつも

響く吠え声褐返色の篝火 2 / 3


夜襲の危険性を恐れ交代制で仮眠をとっていた新選組は、まるでピンと張った糸のように張り詰めていた。そんな中ひとり勝手に眠りこけるなどとそんなことできるはずもなく、ついもれそうになった欠伸を噛みながら頬を抓る。
――じゃり、と近くで音がした。それに振り返れば、瞬時に後悔が胸をよぎる。
ふわりと風になびく黒髪は艶やかで俺よりもずっと女の人のそれのようにも思えた。なんとなく自分の肩に流した髪をひと房持ち上げてみる。そんなことをしてから、馬鹿馬鹿しくなって手を離した。


「…警護お疲れ様です」


ここは大人の余裕というもので乗り切るしかない。気にしては負けだ。
しかし彼――土方は、そんな俺の心持ち虚しくちらりとも一瞥せずに、遠くの篝火を見つめていた。


「おまえに警護しろなんざいわねえ」
「……はあ、」


思わず生返事が出た。土方はとくに気にした風もなく、言葉を続ける。


「そこらへんで寝てろ。まだ病み上がりだろう」
「…だったら、なんで連れてきたんですか」


病み上がりと知っていて連れてくるのはいささか粗略な扱いすぎやしないだろうか。客人のように振る舞えなどとそんなものは端から求めてなどいやしないが、それでも少しは扱い用があるのではと思ってしまうものだ。
俺は口から溢れた不満の弁解などするつもりはないので、彼の返答を静かに待ってみることにした。土方は真一文字に閉ざした唇を薄くあけ、目を細める。


「そのほうが、安全だからだ」
「鬼の居ぬ間になんとやら。俺が何か仕出かすかもしれないと、そういうことですか」


自然と低くなった声音は、震えてないだろうか。俺は右手で喉を覆う。少しだけ汗ばんでいた。


「……ちげえよ。寧ろ逆だ」
「逆?」


彼は一言そういうとそれきり黙りを決め込むものだから、俺は何も言えなくなってしまって。足元に落ちていた小枝をぽきりと踏み折る。


「歳、少し、いいか」
「近藤さん」


ふらと現れた近藤が土方を連れ去って、揺らめく灯りに消えた。
刹那ぐらりと襲う睡魔に耐え切れずに、俺は新選組のいる方とは隠れるように木樹の背に潜め、身を屈める。膝を抱えて頭を埋める仕草はまるで一人を強制されているようで少し寂しかった。
誰かが俺の名を呼んでいたけれど、もう返事をする気力もなかった。






「な――おい、名前…」
「ん……う、あ?」


耳元で小鳥が謡う。木々が笑う。視界に青い透明な瞳が覗き込んでいた。


「こんなところにいたのか」
「っお、おはようございま――ず!」


驚いてばっと後ろにひこうとして後頭部を木に思い切り打ち付けた。寝ぼけた頭もそれのおかげで一気に目を覚まし、鈍痛にうめき声をあげる。斎藤に大丈夫かと少し戸惑った表情を向けられたが、それに引きつった笑みで応えておく。痛い。


「す、すいません…出発ですか」
「いや、まだだ。何人か寝ている奴もいるから、ゆっくりしていろ」


何もしていないのに最後まで寝ているという醜態を晒さずに済み、俺は単純に彼の厚意が嬉しくてはにかんだ。きっと斎藤のことならばそこまで考えてくれてのことのような気がする。――いや、自分が起きればいい話なんだけれど。


「ありがとうございます、斎藤さん」
「…名前」
「はい」


名も知らない小鳥が戯れている。木々の合間を縫い飛び立つ姿が愛おしくて、頬が綻んだ。


「総司と俺は、歳が近い」
「? みたいですね?」
「敬語は、いらん。あんたもそのほうが楽だろう?」


あ、と声が漏れた。不意打ちに顔面の筋肉が緩みそうで、少しだけ顎を引いて笑った。


「ありがとう、斎藤さん」


白い襟巻きがなびく。膝頭を抱えていた俺は立ち上がり、くるりと翻って影から顔を出す。木漏れ日が眩しくて目を細めた。左之さんのとこ行こうと一歩歩みを進めれば、
たった今感じていた穏やかさを打ち砕く爆発音が響き渡った。
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