来はいつも

響く吠え声褐返色の篝火 3 / 3


響く砲声と争う声に、新選組は隊列を揃え音の方へと体を向ける。土方、近藤を筆頭に歩みだす集団を、待機していた会津藩士は身を乗り出して引き止めた。


「待たんか、新選組! 我々は待機を命じられているのだぞ!?」


木造の焼ける臭いが風に流れて鼻を衝く。爆ぜる音が鼓膜を揺らす。
今まで声を荒げるのは永倉たちに任せて土方自身は割合静かに事を済ませていたが、ここにきてついに眉間に深い皺を刻んで声を張り上げた。


「てめぇらは待機するために待機してんのか? 御所を守るために待機してたんじゃねえのか! 長州の野郎共が攻め込んできたら、援軍に行くための待機だろうが!!」
「し、しかし出動命令は、まだ……」
「自分の仕事に一欠片でも誇りがあるなら、てめえらも待機だ云々言わずに動きやがれ!」


そう喝を飛ばした土方は会津藩士の返事も待たずに歩き始めた。呆然とする藩士たちは新選組が進むにつれて、隊列の後ろに加わり始める。そうして長い行軍ができあがり、俺たちは御門を目指して早足で向かうこととなった。


しかし、そこでは既に事を終えていた。銃弾の撃ち込まれた門は見るも無残に穴だらけで、そこかしこに蹲り倒れ伏すどこの藩士かわからない負傷者が道を埋めている。
焼け焦げた臭いが一層強まり、薄く広がる硝煙の所為で目がしみた。
この状況を予想していなかった隊士の間からは間抜けな声がもれ、誰かの舌打ちが聞こえた気がした。


「長州は尊皇派のはずなんだがなあ…」


そう漏らした井上の言葉に近藤はため息を吐いて相槌を打つ。
情報収集のために散開した斎藤や山崎たちが戻ってくる気配はまだなさそうだ。俺は鍔がずり落ちた刀を引き上げてそれを縛る腰紐を結び直す。あたりを見渡せば、そこかしこに血痕が残っていた。


「朝方、蛤御門へと押しかけた長州勢は、会津と薩摩の兵力により退けられた模様です」


いつの間にか戻ってきていた斎藤は土方にそう報告をする。薩摩と会津の二藩に大して長州藩は一つ。この場で起きていた諍いでの兵力の差は想像に難くなかった。
聞き漏れた話によると公家御門にはまだ長州の残党が、御所襲撃を扇動させた過激派が天王山へ敗走しているようだ。今後の新選組の動きについて考えるのは副長の役目らしく、近藤までもが自然と彼に目を向けいる。そして暫しの思案を挟んだ後、彼は淡く笑みを浮かべた。


「…忙しくなるぞ」


考えてみれば一刻を争う事態だと呼ばれて一日経って、ここにきてようやく刀を取れるのだ。その一言で周りの空気がガラリと変わり、ぴりりと筋肉が痙るような刺々しいくものを帯びる。


「左之助! 隊を率いて公家御門へと向かい、長州の残党どもを追い返せ。斎藤と山崎には状況の確認を頼む。当初の予定通り、蛤御門の守備にあたれ。それから大将、あんたには大仕事がある。手間だろうが会津の上層部に掛け合ってくれ」


次々と飛ぶ指示に各組長は短く返事をすると、自分の隊に戻り準備をする。近藤は己に任された言葉に首を傾げ「追討するには京をでることになりその許可を取りに行かなければならない」と土方は笑いながらいう。それに納得したように頷く彼に、今度は井上を見遣り、


「源さんも守護職邸に行く近藤さんと同行して、大将が暴走しないように見張っておいてくれ」


冗談のようなやり取りに後方で忍び笑いが漏れる。近藤はバツが悪そうに苦笑いをこぼしているあたりそうなる自信があるようだ。確かに近藤さんならとつい周りの隊士に混じって笑ってしまった。


「それから、残りの者は俺と共に天王山へ向かう」


各々動き始めた人の流れの中で、俺は動けずにぽつんと立っていた。浅葱の羽織に囲まれるせいで余計に浮いてしまう紺鼠色の着流しは、斬った張ったの騒ぎの度に千鶴に縫い直してもらっていたために少しだけ裾が短くなっていた。
天王山へ向かうために土方の周りに隊士が集まる。指示を仰がねばと踏み出した一歩に合わせて、後ろから背中を勢いよくはたかれた。


「っい゛!?」
「よし、気ィいれて行くぞ名前!」
「な、永倉さん…」


にと笑う彼に連れられ俺は先頭の方へ――というよりも土方の右斜め後ろに移動する。歪みそうになった唇を真一文字に結んで、腰の刀を支えながら走り始めた。
上がりそうになる息を何度も飲み込んで、平然とした顔を保たなければ。呼吸が苦しくなるたびにそう言い聞かせて、その代わりに大きく息を吐く。
自分の立場を忘れてはいない。彼らの腰に携える牙を忘れてはいない。この場所を望んだ自分を忘れてはいない。
息を殺し、顳かみを伝った汗を肩口で拭った。

響く吠え声褐返色の篝火

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