未来はいつも
蛤御門での一件――後に禁門の変と言われた出来事から早四ヶ月が過ぎ去ろうとしていた。冬の足音が忍び寄り、庭先の木々は色鮮やかな葉を失くしすっかり寒そうにしていた。
何ヶ月経とうと変わらず障子から見る景色は固定され、代わり映えのしない日々を過ごしていた。"世界"はあの日から少しも変化せず、この狭い屯所内だけである。
俺は少し開いた障子に背をもたれ、見飽きた庭を見上げた。吐いた息は白く凍てつき、その向こう側の空も薄灰のどんよりとした雲が広がっていた。もしかしたら今日の夜にでも雪が降るかもしれない。
「暇…寒い…暇…」
花占いでもするかのように交互に呟いていればより風が冷たくなったような気がして、障子を閉めて畳に寝転んだ。
「寒い寒い言ってるから寒いんだろ、あったかいもんでも考えてみろ」
「…どっちかというと左之さんのその肌色の面積のせいなんですけど。お願いします。服を着ろ」
ぶるりと身震いして先日近藤からもらった古着の羽織を被り、冷えた指先を握り締める。膝を抱え腕を抱き震えているのに、彼は寧ろ肌を前面に押し出して座っている。これももう見飽きるほどに見てその度に言ったことかもしれないが、
「なんで夏も冬も服が変わらないんですかありえん」
「確かに寒ぃけど、まだそこまでじゃねえだろ? 十二月だぞ」
「もう十二月だよ! 見てるだけで寒いんです! あ、なんか腹痛くなってきた…」
うう、と短く呻いてから蹲り、ぶつぶつと呪文のように寒いと繰り返した。何か口を動かしていないと、本当に舌の根から凍ってしまいそうだ。
「左之さん火鉢はまだ?」
「まだ用意できてねえらしいから、もう少し待ってな」
くつくつと笑う彼は文机の書簡から顔を上げ、夜着でも出すかとまた笑った。確かに温かいかもしれないが、流石にまだ昼だ。寝る訳でもなしに包まるにも大判すぎるし、ぐーだらしすぎて時間感覚を失うのも嫌だった。いい、と畳に押し付けるように頭を横に振り、起き上がる。袂から容赦なく冷気が入り込んできて、思わずくしゃみをした。
「おいおいまだ十二月だぜ、冬はこれからだってのに」
「…へいすっ…はっしょい!」
寒さに振り返れば湯気の立つ盆を持つ藤堂がいた。彼は後ろ手に障子を閉め、原田と俺との間に腰を下ろす。真ん中に置かれた湯気の正体は、温かいお茶だった。
「源さんが冷えるだろうからって。あとでちゃんと礼言っとけよ」
「有難うございます源さん頂きます源さん」
「この寒い中持ってきた俺は?」と少々不満げにごちた藤堂に無視を決め込み、ずずずと茶を啜る。湯呑が熱くてじんじんと指先が痛んだ。
「あったか…」
「あれ左之さん、巡察は?」
「あ? あぁ、夜だよ。この時期のしかも夜の巡察は流石に堪えるよな」
年取ったんじゃねと笑う彼に、原田は言ってくれるなよと苦笑いを零す。湯呑を手に取り書簡を睨むその姿は確かに、当初あった時より貫禄を感じるなあと俺は思わず吹き出した。原田は口元を歪めて睨むと、文鎮を握って俺の額を小突いた。ごん、と鈍い音が脳内で響き、藤堂の笑い声と反響して頭痛を引き起こす。手加減は勿論してくれたのだろうが、寒さと相まってとてつもなく痛かった。
「ぐおおお…! やばい星が見えるっ」
じたばたと呻いてみせれば、埃が立つと一蹴されてしまった。元はといえば彼が悪いというのに。
「ちくしょ…たんこぶできる」
「できるかよ、んなぐらいで」
「一緒にしないでください」
後ろに手を突いて茶を啜る藤堂はけらけらと笑いながら、ほっと息を吐いた。彼が遊び半分に部屋に来るのはいつものことだが、どうにも何やら様子がおかしいようだ。俺は原田を見遣り首を傾げてみせたが、彼はそれが何故だかわかっているような、そんな雰囲気だった。仕方なしに一人沈黙を貫いていれば、藤堂は手の中で空の湯呑を回しながらぼそりと呟いた。
「――明々後日、新隊士を募りに江戸へ発つことになったんだ」
「! …へえ、どのくらい?」
「三ヶ月ちょっと」
仄温かくなった湯呑を両手で包むように持っていた俺は、ゆっくりとそれを盆に返した。――二人に気づかれないように唇を噛み、息を詰めた。
「そう、なんだ。気をつけていってらしゃい」
笑ってみせる。この先を知っているのは、自分しかいないのだ。
藤堂はわずかに目を見開いて、それから同じように笑った。原田は酷くゆっくりとした動作で瞬きをして、空っぽの湯呑を置く。三人の間に流れた空気を、重苦しいと位置づけてしまうには、三人がそれぞれの理由を知ら無さ過ぎたのだ。
「…でも、そっか。三ヶ月か…長いねえ」
「ああ、でもあっという間だぜきっと! なんか土産買ってきてやるよ」
そう笑った藤堂は三つ分の湯呑を盆に片し、立ち上がる。それじゃあ片してくるからと部屋を出ていった彼の背に、俺は再び原田を見上げた。
「…変、でしたよね」
「……名前がそっけねえからだよ」
「え、俺のせい?」
いつもならもっとぐだぐだとおしゃべりを続けていくのに。彼は薄く笑って、俺の頭をぽんぽんと撫でた。
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