来はいつも

終わらない緋色が笑う 3 / 3


女の子の夢を見た。十二、三歳くらいの、黒く艶やかな髪を横に結わえた小さなその子は、一人でくすくすと笑い、語り、立ち止まっては木々を見上げてまるで誰かとお喋りでもしているかのようだった。葉の色づいた木々を抜け、少し開けた場所に腰を下ろす。ごろりと楽しげに寝転がった彼女は、血のように赤い瞳を細めて高らかに声を上げた。


「おーにさん、こーちらー…――」


紅の紅葉がひらりと攫われては彼女の周りに落ちてゆく。相変わらずもう一人の姿は見えないけれど、彼女はいつまでも楽しげに笑っていた。ずっと、ずっと。笑っていた。





首筋にひやりと冷たいものを感じて目が覚めた。息を吸えば朝の匂いがして、瞼の裏から見える明るさにつられて薄く目を開ける。ぼやぼやとした視界の先に見慣れた茶髪を見つけて、寝ぼけた頭で見たことのある光景だななどと思えば彼がこちらに気づき笑う。


「お早う」
「…おはよ」


起き上がろうと背を上げればずきりと痛むのでああまたか、なんて思いながら再び枕に頭を沈める。おそらく打撲で痣でもできていることだろう。細く息を吐けば、もう一つの寝息が聞こえて足元のほうを見やると、そこには千鶴の姿があった。俺はその姿にほっとして、ゆっくりと上体を起こす。


「いたた…」
「骨は折れてないから、大丈夫だよ」


胡坐を掻いている沖田は枕元の羽織を手渡し、千鶴を横目見た。俺はそれに袖を通し、左手を見つめる。爪の中に残っていた赤に、僅かに眉根を寄せた。


「…ねえ、山南さんは。山南さん、どうなったの」


左頬を伝い流れた鮮血の生温かさを、まだ覚えている。無意識に触れた首は温かく、とくりと脈打っていた。
沖田は表情を変えるわけでもなく、瞬きを一つしてからぽつりと零した。


「峠は越えたよ」


その言葉に、どう答えていいのかわからなくて視線をさげる。よかったと、言っていいものなのだろうか。彼はもう、心臓を貫かれない限り死ぬことはない。


「…声、出てよかったね」
「……そうだね」


彼なりの気遣いに少し歪んだ笑みで返せば、尚更重たいものが背に圧し掛かった。


「…剣客として死に、生きた屍になるのなら…人として、死なせてほしいって」


ぴくりと、彼の眉が動く。それから何を言うわけでもなく、ただ静かに「そう、」とだけ零した。俺はその手がきつく握られているのを視界に映して目を伏せた。あの場に彼がいれば、もう少し違う結末になったのではないだろうか。あの時、すぐにでも千鶴に沖田を呼びに行かせていれば、彼は小瓶の中身を飲まずに済んだかもしれない。もっと、なにかほかに――。そう思えば思うほど、何故あの場にいたのが自分だったのだろうかと責める声を聞いた。


「名前、山南さんは自分で選んだんだ。自分で考えて、決めたんだ」
「そう、だけど」
「あの人の事だから、その意志は固かったと思うよ。言葉なんかで揺らがないくらい、きっと」


沖田は息をつめた俺の頭をぽんぽんと撫でた。これ以上何かを言うことは、山南も沖田も、どちらも傷つけてしまうことになる。俺はこくりと頷いて、きゅと布団を握った。
一瞬の沈黙を破るように、彼は唐突にするりと人差し指で首筋に触れた。


「――昨日気が付いたんだけど、こんな傷あったっけ?」
「傷?」


不思議そうに首を傾げる彼は首の下のほうを真横に撫で、ここ、と呟く。そんなものに身に覚えのない俺は首を横に振り、文机の上の鏡を手にとり目を瞠った。


「…なに、これ?」
「昨日の夜廊下で会ったでしょ、その時はもうあったよ」


だから彼はあの時突然首に触れたのか。不可解だった行動の謎が解け口にして納得していれば、沖田は曖昧な声をあげて頷いた。


「爪で引っ掻いたかな」
「…どっちかっていうと、刀傷じゃない?」


まさか、と笑ってはみせたけれど、それはどう見ても引っ掻いたという類の傷でないことは明らかだった。何度も傷跡を撫でればずきりと頭痛がして、俺は鏡を卓上に戻す。そのうち理由は思い出すだろうと言い聞かせて、何だろうねと笑ってごまかしておいた。ふうんと短く答えた切り、彼はそれじゃあ広間に呼ばれてるからと徐に立ち上がる。


「伊東さんには伏せておいてよね」
「わかってる」
「左之さんが今日は夜巡察だから、朝議が終ったら戻ってくると思うよ」


そう残して彼はぱたんと襖を閉めた。遠のく足音を聞きながら、俺は息を吐く。
鬼さんこちら、と笑う少女の声が、ゆっくりと近づいてくるような気がした。


終わらない色が笑う

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