未来はいつも
山南が死んだ。瞬く間に広がった波紋に、当人はどんな思いを抱えて生きているのだろう。
――空っぽの座棺を見つめて、立ち尽くしていた。平隊士たちが顔を歪めて喉から出かかる何かに耐えているのを視界に映しながら、俺は手を合わせる。何も入っていない座棺が土葬されるのを、どうして痛いと感じるのだろうか。
新選組に経済的な余裕はなく、土まんじゅうを盛り上げ卒塔婆を立てただけの墓は今にも壊れてしまいそうなほどもろかった。巡察やらなにやらと仕事に戻って疎らになっていく墓の前で、ただ一人、いつまでも佇む人がいた。――土方さん、と呟きそうになって飲み込む。俺はそっと自分の首に触れて、踵を返した。
肌寒い部屋には戻りたくなくて、ふらふらと当てもなく屯所内を徘徊していた。いつも以上に静まり返ったそこは一切の音を奪われてしまったかのようで、どこにいてもこの心臓の奥に潜む痛みが消えることはなかった。
結局辿り着いたのは中庭で、誰もいない長椅子に一人腰かけて空を仰ぐ。変わり映えのしない一日の終わりを告げる橙の空が、どうしようもなく憎かった。
もう一度首筋に手をやり、覚えのない傷に爪を立てる。最早癖となったそれは、ただいいようのない苛立ちの所為で。日に日に傷跡の濃さを増していくことが気持ち悪くて、そのたびに何かを忘れていくようで、紛れもなくそこにあるのは懐疑と不安だった。
――思い出せないのだ。どうして彼らの事を知っていたのかということも、知っていたということがわかるのかも。ただ脳裏にちらつくのはうすぼんやりとした少年の影で、もしかしたらその背を追いかけ探しに来たのではないだろうかと思ったこともあったが、それが果たして本当なのかよくわからなかった。
「…名前、?」
振り返らずとも、その声が誰なのかはすぐにわかった。彼は小さく、おそらく無意識の溜息を漏らし、俺の目の前で立ち止まる。そうしてまるで子供を相手にするかのように腰を屈めると、ちょうど同じ高さになった目線の先で苦い笑みを浮かべた。
「気に病まなくたっていいんだよ。山南さんの心の弱さが、招いた結果なんだから」
思ってもいないことを誰かのために、と嘘を吐くような人でないことくらいわかっている。それでもそんなことを言わせてしまっている自分がつくづく嫌な人間だと思えた。この胸の痛みは、自身のためなのか山南のためなのかはたまた誰かのためなのか。自信はなかった。
「…ううん、違うよ総司。違うんだ」
彼は首を傾げて何がと柔らかく問うた。俺はその声に尚更俯いて、握りしめた両手に指をくいこませた。
「…一晩、ずっと考えてた。だからもう、もしあの場にいたのが俺じゃなかったらなんて言わない。けど、でも、俺は誰かにそんなこと言って慰めてもらうような人間じゃない」
俺じゃないんだ。
君の所為じゃないんだよ、と降りかかってくる言葉の甘さを知っている。だからこそ、その言葉をかけられるのは俺じゃない違う人だと思うのだ。そこにあるのは絶対的な自分の所為じゃないという責任の有無なのだから。
「痛いと、思う。この場所でよく見知った人がこんなことになるのは、苦しい、んだと思う。でもそれが山南さんのためだとか、多分、言えない…よ」
伝えたい、言いたいことはもっと別にあるような気がするのに、口からこぼれていく言葉は何と陳腐なことだろうか。俺はゆるゆると頭を振り、下唇を噛んだ。
自分の身が、かわいいのだ。何よりも、結局は。羅刹となった人の凶暴さを知っていたから、手を伸ばすことができなかったのだ。それなのにどうして、お前のせいではないなどという言葉を飲み下せるだろうか。
「…可哀想とかなんだとか、そんなことを言ったら思わず斬り殺しちゃうところだったけど」
俯いた頬を抓まれる。ぐいと無理やり上げさせられた視線の先で、彼は翡翠の瞳を揺らがせていた。
「要らない同情で山南さんの覚悟を汚すつもりなら、僕は君を斬る。
……わかるわけないでしょ。名前が今何考えてるとか、山南さんがどんな思いだったとか。僕だって、口にしてくれないと分かるわけない」
そのために、その口があるんじゃないの。沖田はくしゃりと顔を歪めて、瞬きを一つした。彼の前髪がふわりと風に揺れるのを見つめて、鼻の奥がツンとして視界が歪むのを隠すために空を見上げた。随分と茜に染まった空は、やっぱり無関係を装ってそこにいる。
――あの時、用済みなのだと笑った声が、泣き叫んでいたように聞こえた。
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