来はいつも

現実と青鈍色とこの世界 2 / 3


じゃりと草履の裏で砂を踏む。花の手向けられた土を盛っただけの墓は、昨日と変わらず静かだった。


「…名前、そろそろ巡察の時間だ」


その下には何もないとは知りながら形だけの合掌をしていると、後ろで斎藤が無表情のまま告げる。俺は「今行く」と答えてからもう一度墓を一瞥して背を向けた。

山南が羅刹となったあの日の翌日、土方から巡察への同行許可が出されていた。結局はその件で有耶無耶になってしまっていたのだが、一週間経った今日改めて彼から外出許可がなされたのだ。間者やらなんやらと濡れ衣であったという事実を今でも思うところはあるけれど、ともあれ少しずつ気を置くことを許されてきたような気がして純粋に嬉しくも思った。屯所をふらふらと一人で歩いていてももう咎められることはなくなり、少しずつ手伝いでもしていこうと千鶴と目下相談中である。


「…巡察って、毎日同じ道を歩いてるの?」


蛤御門の一件以来敬語はいらないと言われたもののいまだ違和感を覚えながらそう問えば、斎藤は襟巻をまき直しながら首を横に振った。門前にわらわらと集まりつつある三番組の面々が不思議そうに俺を見てくるので少し居心地悪く、彼らに背を向ける形で斎藤を見上げる。


「いや、他の組と二手に分かれて市中を見廻っている。いつも同じというわけではない」


彼はそう答えると隊士たちの頭数を確認し、二、三京の現状について話をしてから歩き始めた。隣を歩けと初めに言われていたので、俺は背中にいくつもの視線を受けながら右隣に並ぶ。京の外れにある壬生から歩き続けること四半刻程、漸く人のざわつく声が聞こえてきた。


「…やっぱり、壬生は遠いんだね」
「ああ。…移転の話が漸くまとまりつつある、直土方さんから話があるだろう」


山南の件があるから、より急いたのだろう。俺は彼の言葉に生返事を返して、顔を上げた。斎藤はまっすぐ前を見ながらも絶えず視線を四方へ向けている。暖簾の下で笑う町民が、新選組の羽織に気づいた途端に顔を歪めていた。


「尊皇派が多いからって、そんな嫌な顔しなくたっていいのに…」


ぽつりとこぼれた独白に、彼は何を言うでもなく「どうであれ、己の任務を遂行するまでだ」と一切の揺らぎもなく言ってのけた。人斬り集団だと罵られていることを知らないわけではないが、それにしても不条理ではないだろうか。時代背景というものがてんでわからない俺にとって、その冷ややかな視線は隊士の視線より居心地悪く感じた。


「…久方ぶりに長く歩くことになるだろう。もし何かあれば遠慮せず言うといい」


淡く微笑む斎藤に、思わず目元を緩めてありがとうと笑った。彼の言葉はいつもぶっきらぼうで抑揚がないけれど、心遣いが温かくて心地よかった。寡黙な人ほど、ぽつりとこぼれる言葉が温かいのかもしれない。――あくまで個人的な感想だけれど。
俺は深く息を吸い込んで細く吐く。まだ空気は冷たく乾いてはいるけれど、もうすぐ春がやってくる匂いがした。


「斎藤さん、もし土方さんに稽古に出たいって言ったら、怒られちゃいますかね」


俺とは反対側に向けていた視線をこちらに戻し、目を細めた。


「…土方さんは、意味もなく叱りつけることなどしない。――その時は俺が相手をしよう」
「え、斎藤さんが?」
「……俺では不満、だったか?」


少しむっとした彼は襟巻を口元にまで引き上げ、僅かに顎を引く。俺は思わぬ返答にしどろもどろと言葉を出したり引っ込めたりと繰り返しながら、


「え、あ、そうじゃなくて…! 俺なんか相手にならないと…!」
「? だからこそ稽古をするのだろう?」


瞬きを数度繰り返す彼に呆気と言おうか、何も言えなくなってしまって力なくへにゃりと笑う他なかった。宜しくお願いします、と伝えた声に、彼は頷き返して再び町並みへと目を向ける。
町民の笑い声が、なんだかとても愛おしいものに思えた気がした。
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