来はいつも

不信感と深紫色の敵意 2 / 3


井上に案内された部屋は、とても殺風景な部屋だった。恐らく幹部の中でももう少し上の人間のための部屋だと思われるそこに、柄の悪い彼らが座っていた。刀を持っている時点で怖さ六割増し。隣で身を固くした千鶴が、少しだけ泣きそうに見えたのは多分気のせいではないはず。
突き刺さるような視線を浴びながら、俺達は言われたとおりに腰を下ろした。


「おはよう。昨日はよく眠れた?」
「……あ」


彼女は知らない人の中に見知った顔を見つけると、あからさまに安堵した表情を浮かべた。――ああ、だから分かりやすいっていうんだ。


「寝心地は、あんまり良くなかったです」
「縄でぐるぐる巻きに、畳みに直寝ですからね。いいわけないです」


筋肉痛で痛いのに尚更変な体勢させられて辛いったらない。俺は少しの皮肉をこめて、言葉を選びながら答えた千鶴に対して素直な感想を述べた。それににやりと笑った沖田は、僕がさっき行ったら起きてくれなかったと言う。千鶴は愕然とした反応を示していたけれど、それが嘘だと言うことくらい彼の表情からしてみれば分かった。
黒い着流しに白い襟巻きをした彼――ここにくるまでの間、井上から多少教えてもらった――斎藤は呆れたように溜息を吐く。


「……からかわれているだけだ。総司は、おまえの部屋なんか行っちゃいない」
(総司は、ね)


少しだけ引っかかるその言い方に、俺は斎藤をちらりと見やる。彼はまた静かに目を伏せ、口を閉じていた。
沖田は微笑みながら彼を見、わざとらしく茶化すような口調でそれが反応を見たいがための嘘だといった。


「おい、てめえら。無駄口ばっか叩いてんじゃねぇよ」


長く黒い髪を高いところで結っている彼、土方のあきれ返った声が響くと、沖田は肩をすくめて口をつぐんだ。――表情は相変わらずにこやかなものだったけれど。


「でさ、土方さん……そいつらが目撃者?」


そういって俺たちを一瞥した彼は、幹部方でも最年少の藤堂だ。とくにこの藤堂と赤い髪の原田、短髪の永倉は仲がいいらしい。まるでコンビニの前で屯う少年たちのような雰囲気で、ここにはまた違う空気が漂っている気がした。


「ちっちゃいし細っこいなあ……。まだガキじゃん…そこの二人は」
「おまえがガキとか言うなよ、平助」
「だな。世間様から見りゃ、おまえもこいつらも似たようなもんだろうよ」


クツクツと原田が笑いながらいった言葉に対して、永倉はやけに神妙な面持ちで頷いた。藤堂は不満げな顔をすると声を少し大にして唇を尖らす。彼がおじさん、と仕返しに笑えば、二人は眉をひそめて心外だと反論した。そんなどこにでもありそうな会話は、冗談のような口調で言い合いながら広がっていく。
しかしそんな中でも、好奇を含んだ視線はずっと俺達に注がれていた。勿論、興味を装った彼らの眼差しの裏側に、とても強い敵意も感じられる。

千鶴は思わず顔を伏せて、きゅと唇を噛んだ。そんな彼女に、その人は優しい声で話しかけた。


「口さがない方ばかりで申し訳ありません。あまり、怖がらないでくださいね」
「あ……」


人のよさそうな笑顔の裏側に、何かを隠している。本能的、第六感、頭の中でふいに浮かんだその考えは、恐らく間違ってはいないだろう。
土方は淡い笑みを浮かべながら、


「何言ってんだ。一番怖いのはあんただろ、山南さん」


周りにいる幹部方は、同意を示す頷きを繰り返していた。山南は浮かべた笑顔を一切崩すことは無く、ただ底知れない微笑を浮かべている。


「おや、心外ですね。皆さんはともかく、鬼の副長まで何を仰るんです?」
「トシと山南君は、相変わらず仲がいいなあ」


にこやかな笑顔を浮かべながら二人を見つめる彼は、本当にそう思っているようだった。二人の間に走っていたものが、仮令俺の目が腐り落ちていたとしてもそれが友好的なものじゃないことくらい分かるだろう。
――いや、友好的ともまた違う、多分本心は二人のずっと奥深いところで繋がっているのかもしれない。
とにもかくにも仲がいいと一口で表してしまうには、その言葉はあまりにも陳腐すぎた。


「ああ、自己紹介が遅れたな。俺が新選組局長、近藤勇だ。それから、そこのトシが副長で、横にいる山南君は総長を勤めて――」
「いや、近藤さん。なんで色々教えてやってんだよ、あんたは」
「……む? ま、まずいのか?」


近藤の言葉に幹部方はそれぞれ反応を示し、永倉は腕を組みながら進言する。


「情報を与える必要が無いんだったら、黙ってる方が得策なんじゃないですかねえ」
「わざわざ教えてやる義理は無いんじゃね?」


うろたえる局長を見て、原田は皆を取り成すように笑った。


「ま、知られて困ることもねぇよ」


近藤は少しの間しょんぼりしていたが、気を取り直したように居住まいを正す。
ああきっと、この人は本当に優しい人なんだな。
何かは分からない、けれど妙に気持ちが惹かれるような雰囲気をもっている。俺はここにきて初めて、ほっとしたような気がした。


「……さて、本題に入ろう。まずは改めて、昨晩の話を聞かせてくれるか」


再びぴんと張り詰めた空気が漂う。近藤に視線を向けれらた斎藤は、かしこまった仕草で頷くと話し始めた。


「昨晩、京の都を巡回中に浮浪の浪士と遭遇。相手が刀を抜いたため、斬り合いとなりました。隊士等は浪士を無力化しましたが、その折、彼らが"失敗"した様子を目撃されています」
「私、何も見てません」
「俺も同じく、見てません」
「左に同じく」


俺達が口を揃えて首を横に振れば、土方の表情が幾分和らいだ気がした。恐らくこのまま見ていないと貫けば、彼もこちらに合わせてくれるだろう。


「なあ。お前等、本当に何も見てないのか?」


身を乗り出して聞いてきた藤堂にも、全員見ていないと否定する。ふ、と視線を上げれば、永倉と目が合った。


「あれ? 総司の話では、お前が隊士どもを助けてくれたって話だったが……」
「ち、違います!」


素直っていうのは、とてもいいことだと思う。ただ嘘も方便とはよくいったものだ。こういうとき、嘘がつけない素直な子は損をするんだろう。


「私は、その浪士達から逃げていて……、そこに新選組の人たちが来て……。だから、助けてもらったようなものです」
「じゃ、隊士どもが浪士を斬り殺してる場面はしっかり見ちゃったってわけだな?」
「!!!」


千鶴はとっさに否定の言葉が出てこなかった。でも、それにはまだ穴があるような気がする。誘導尋問は、後手に回ったら最後、いいように使われて終わりだ。
原田が何かを言おうとして口を開いたとき、俺は思わず声をあげていた。


「俺達は何も見てない」


集まった視線。
怪訝な表情と奇異の眼差し。
俺は渇き始めた喉をごくと鳴らして、小さく息を吐いた。


「少年が浪士に追われていた。浪士が彼に襲い掛かってきたのを俺は見たから、咄嗟に俺は剣を抜いた。そこに偶然居合わせた土方さんに沖田さんと斎藤さんが、助けてくれたと。あなた方が普段行う浪士の粛清現場にたまたま居合わせただけの俺達が、一体何を見たって言うんですか」


それに全員がぴくりと反応を示す。実際羽織さえ脱がしてしまえば、あそこにある死体は不逞浪士というくくりになってしまうのだろう。
千鶴が殺されそうになったから助けたのも、事実だ。


「昨晩俺達は、浮浪の浪士と斬り合いになった。……こいつらは、その現場に居合わせた」
「――それだけだ、と仰りたいんですか」
「それだけだな」


幹部方どうしで大義がどうだとか血に狂うだとか、明らかに聞いてはいけないような単語が飛び交っている。それぞれが意見を述べていく中で、藤堂は少し困ったような顔をしながら、


「……オレは、逃がしてやってもいいと思う。こいつらは別に、あいつらが血に狂った理由を知っちまったわけでもないんだしさ」


その言葉を発した瞬間、空気が変わった。目を瞬いた千鶴を見て、事態は大きく傾いた。


「平助。……余計な情報をくれてやるな」


自分の失言に気付いた彼は、慌てたように両手で口を塞ぐ。しかし、それも全て今更だ。沖田は愉しげに「ますます君たちの無罪放免が難しくなっちゃったね」と笑う。
それに続けて彼らは次々と絶望論を投げかけた。


「男子たるもの死ぬ覚悟くらいできてんだろ? 諦めて腹くくっちまいな」
「……あ」


永倉の言葉を聞いて自分の姿を振り返った彼女。――でもやっぱりどう見たって、男の子には見えないんだよなあ。俺が隣の千鶴を見やりながらそう思っていると、原田の切腹談議が持ち出された。「物騒だなあ…」と零れた俺の独り言に、彼らは男だなんだのと語ってくる。
楽しげに笑う永倉と原田が話の腰を折ったところで、今度は斎藤が口を開いた。


「土方さん。……結論も出ないし、一旦、こいつらを部屋に戻しても構いませんか? 同席させた状態で誰かが機密を洩らせば、……処分も何も、殺す他なくなる」


ここにいることでまた余計なことを言ってくれたから、その所為で人生はい終わりなんてごめんだ。それはここにいる全員の意見だろう。
土方は彼の言葉に頷くと、山南が原田、永倉、藤堂の三人をしっかりと見ながら、


「私もその判断には賛成しますよ。ここには、うかつな方も多いですしね」
「うっわ、山南さん……。わざわざこっち見て言うとかキツいよ」
「ま、仕方ねぇよ。うかつなのは俺らの担当だろ。主に平助」
「そ、そんな責めるなよ! 俺だって悪気は無かったんだからさ!」


さり気なく視線を向けられた藤堂は、少しムキになって声を荒げる。それから此方の顔色を覗うように見て、もごもごと何事か呟いた。


「ご、ごめんな……?」


俺たちは一瞬顔を見合わせて。さすがに千鶴も自分の命がかかっていることだから、何が言えるわけでもないらしく。彼女はぎこちなく笑い、俺と陽月も笑って応えた。


「……行くぞ」


斎藤の声に、俺たちは立ち上がって後ろをくっついていく。目の前の二人が部屋を出た後俺は振り返り――ふと、思ったことを口にしてみた。


「…例えばここにいるのが女性だった場合、それのお陰で助かるってことはあり得るんですかね」


何言っているんだこいつは。要約するとそんな視線が飛んできたが、口にしてしまったものは引き返せない。
俺は彼らを見つめながら、その答えを待っていた。するとやや間をあけて、土方が口を開く。


「……さあな、性別の違いは生かす理由にならねえよ」


にっこりと笑顔を残せば、斎藤から早くしろと催促された。はーい、と返事を一つして、俺も部屋を後にする。
残された彼らが、どんな表情をしていたかは俺にはわからなかった。
―8―
| 目次 表題 |