来はいつも

笑顔が錆色に変わる日 1 / 2


慶応元年、閏五月。屯所が西本願寺に移転してから、早くも三ヶ月が経とうとしていた。あれから何か劇的な変化があったかと問われれば何もなく、強いて言うならば米を炊く技術を身につけたくらいである。今朝は朝餉の当番だった斎藤と平隊士とともに準備を手伝ったが、おかげさまで窯のご飯の炊き加減はなかなかのものだと自負している。――沖田には相変わらずかたいだの柔らかいだのと文句を吐き続けられているが、彼の場合それらが褒め言葉なのだと勝手に解釈させてもらうことで最近はとくにもう何も思わなくなった。いつぞやに斎藤の言った「慣れとは恐ろしいものだ」という言葉を、今まさに体現している。


「あ、平助」


巡察から帰ってきたばかりなのであろう、浅葱の羽織を腕にかけた藤堂が廊下を横切った。俺の声に気づいたのか、彼は「あれ名前じゃん」と笑みを浮かべながら手を振った。
江戸へ新隊士を募りに行った先発隊であった藤堂達が京に戻ってきたのは、九ヶ月ほど経った頃の事だった。そんなにも江戸が恋しかったのかと茶化してやれば、彼は苦笑いを浮かべてそんなんじゃねえよとぼやくように返した。
それから藤堂はどことなく元気がなく、原田や永倉の三人でいても様子がおかしいのだ。江戸で何かがあったのだということは容易に想像がつくが、その何かは結局分からなかった。


「久々の巡察か、」
「んー、そういやそうだっけかなあ」
「この後広間に全員集合だってさ」


何の話だろうねえと首を傾げて問えば、暫く見ないうちに少し背の伸びた藤堂は項に手を添えながら、また、僅かに歪んだ笑みを浮かべた。


「さあな。多分将軍が上洛するとかいう話があるみたいだし、それじゃねえの?」
「ふうん、平助ならもっとはしゃぐかと思った」


広すぎる境内ではまだ広間につかず、何度目かの角を曲がった。――彼がわざと、遠回りな道を選んでいるせいもあるけれど。
藤堂は一瞬言葉に詰まり、それからゆっくりと瞬きを繰り返す。今までの彼であったならば、もう少し楽しそうに笑っていたんじゃないだろうか。頭の隅で感じた違和感に、気のせいだと蓋をした。


「あー、いや…さ。まあ、向こうでちょっとあって」
「……伊東さん、平助の知り合いなんだって、聞いたよ」


ぎしりと、床の軋む音が途絶えた。振り返れば藤堂は小さく俯いて、浅葱の羽織を握りしめていた。江戸に発つ前の藤堂の笑顔と、ぶれる。変わっていって、しまうのだろうか。彼も、また。


「名前、オレ…」


ただ握りしめるばかりの拳が震えた。俯いてしまっているせいで表情は見えづらいけれど、今にも泣きだしてしまいそうな、そんな声だったような気がする。俺は何も言えなくなって、半開きになった口を閉じた。


「……ごめん、何でもねえわ」


ごめん。もう一度そう呟いて、彼は「先、行ってる」と追い越し様に告げてから大股で歩いて行ってしまった。
どこからか燕の鳴き声が聞こえた。肌を刺すような冷たさはどこかへ消えて、柔らかに吹く風は温かいはずなのに。


「……変わってほしく、ない…や」


ひそやかに、崩れていく。音を立てることもなく、ただ無音のまま亀裂が走り、気づいたときにはもう手遅れだった。
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