未来はいつも
土方が来ていないのか騒然とした広間は、座り込む隊士がいるにもかかわらずまだまだ十分に広かった。ただぼうっと入り口で突っ立っていれば、上座近くに原田たちと談笑している藤堂を見つけて、無意識に目を伏せる。不自由な言葉が、恨めしかった。
「また、平助君だ」
「…気配を消して背後に立たないでくれませんか、沖田サン」
「そんな邪魔なとこで突っ立ってるほうが悪いんでしょ」
邪魔邪魔、と背中を押されたので仕方なしに動き始めれば、何人かの隊士と目があった。最近は斎藤と道場で稽古をしているために見知った顔も増え、奇異な眼差しを受けることは少なくなったが、やはりどの組にも所属していないということは不可解な人物という分類にされるほかなかった。むしろ俺が居た堪れないと感じるべきなのであろうが、どうにも肝が据わったようだ。どれもこれもこの目の前の男の所為なような気もするが、元々そういった性格だったと思う。それに拍車がかかっただけである。――おそらく。
「ていうかまたって何」
「え? ああ、平助君が帰ってきてから、名前ってばいっつも見てるよね」
「……そう、かなあ…?」
沖田が定位置に――必然的に藤堂と近い席に腰を下ろし、そうして小さな咳をした。俺の視界から藤堂の姿を遮るように座った彼は、もしかしたら気を回してくれたのかもしれない。
「けほっ…名前も、一番組入ればいいのに。最近一君と稽古してるんでしょ?」
「それはほら、置いといてさ…ねえ総司、医者に診てもらえば? ほんとにただの風邪?」
喉に少し絡まっただけのような小さな咳を何度か繰り返し、漸く落ち着いたのか彼は息を吐いた。
「くどいなあ、大丈夫だって」
「…なら、いいけど…」
たかが俺の言葉で頷くような人でないことくらいわかっている。それでも、嫌な予感ばかりが、胸を過ってしまうから。
(…なんだろう、何か知ってたような気がするんだけどなあ)
隊士たちも集まり始めてきたのですっくと立ち上がり、隊列の一番後ろに回る。流石に幹部でもない人間が上座にいれば目立つことこの上ないし、いらない恨みは買いたくない。そこに千鶴の姿を見つけてにこりと笑えば、彼女も柔らかに微笑んだ。
俺が腰を落ち着けたのと同時に土方、近藤が現れ、水を打ったようにしんと静まり返った。カタカタと、風が雨戸を揺らしていた。
「皆も、徳川第十四代将軍、徳川家茂公が、上洛されると言う話は聞き及んでいると思う。その上洛に伴い公が二条城に入られるまで、新選組総力を持って警護の任に当たるべし…との要請を受けた!」
一瞬にして沸いた歓声に思わず片耳を塞ぎ、千鶴と顔を見合わせた。意気揚々とする近藤は嬉しそうに顔を緩めている。今までぞんざいな扱いしかされてこなかったというのだから、池田屋事件以前からの古参方はとてつもなく嬉しいのだろう。土方も満更でもない様子のようだ。
「まずは隊士の編成を考えねばなるまいな。そうだな、俺とトシ、総司――」
「っと悪い、近藤さん。総司は今回外してやってくれねえか? 風邪気味みてえだからな」
土方の言葉に当の本人は苦笑交じりに「土方さんが過保護すぎるんですよ」とこぼした。誰から見ても、やはり彼が不調なのは明らかだった。仕方ないと眉尻を下げた近藤に、次いで藤堂が声を上げた。彼もどうやら体調が悪いらしい。
「折角の晴れ舞台、全員揃って将軍様を迎えたかったのだがなあ」
至極残念そうに顔を歪めた彼に「すんません」とぽつりと零した。苦笑いを浮かべる彼を、長い間ただひたすら視界に映していたような気がする。それほどぼうっとしていたのだろう、千鶴の声に我に帰れば、ちらほらと隊士たちが散会しはじめていた。
「名前君、どこか具合でも悪いの?」
「あ、いや…そんなんじゃない、よ」
あははと笑った顔が歪んでいるのを自覚しながらも、彼女には何も、言えなかった。――いや、何かを伝えるほどの明確な言葉を知らなかったのだ。
「おい、お前らはどうする」
疎らになった隊士の間をすり抜けて、土方が淡く笑んだ。どうする、というのだからそれはおそらく上洛の警護に参加するか否かの問いなのだろうが、俺も千鶴も呆けた声しか出てこなかった。そんな大事な場に部外者を呼んでいいものだろうか。そんな俺の心情を察したのか、近藤は朗らかな笑みを浮かべて告げる。
「君達も今や新選組の一員と言っても過言ではない。良かったら、是非参加してくれ」
「斬った張ったの騒ぎにはならないだろうし、将軍を狙う輩もそうそういないからね」
ねえ、近藤さん。と幼い子供のように笑った沖田は近藤の隣に並び、行ってくればと背を押した。
「行きます、行かせてください!」
身を乗り出すような勢いで頷いた彼女に圧倒されながら、土方の視線に困ったように笑い返した。思想や意志が無関係だというのなら、行ってみてもいいのだろうか。
「あ、将軍様のお顔とかって見られちゃったりするんですかね」
「そこなの? やっぱり変な子だね」
「いや、どうせならと…。まあ総司には敵わないよ」
「どうだろうね、名前はちっちゃいから見れないんじゃない? 僕も君には負けるかなあ」
くすくすと茶化してくる沖田にいつものごとく食い掛かれば、土方に額を指ではじかれる。早く決めろよと急かされたので、「ついて行きます」と頷いた。
「ま、主に伝令か遣いっ走りだろうがな」
くっと笑って近藤と話しながら去っていった背中を見つめる。――もう彼は、何かを問いただしてくることをしなくなっていた。それが何を意味しているのかも、何故だかもしらないけれど。
「名前、置いてかれるよ」
その声に呼ばれて立ち上がる。藤堂の姿はどこにもなく、広間には俺と千鶴に沖田の三人しか残っていなかった。
伝えなければならない言葉があるような気がして。それでいてどうしてそんな思いを抱えるのかさえ分からずにいた。何か、言葉を重ねなければ。
後悔を、するんじゃないだろうか。
漠然とした不安のようなぼやぼやとした思いを抱えて、俺を呼ぶ声にただ笑い返した。
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