来はいつも

捨て損ねた黄朽葉色の自覚 3 / 3


どれだけの間そうしていただろうか。月が然程傾いていないことからそれほど長くはないようだ。火も灯っていない灯篭の許で膝を抱えて座っていれば、じゃりと砂を踏む音が響いた。


「…総司」
「なにしてるの、そんなところで」


ふらりと本殿の影から現れた姿に、自然と頬が緩んだ。自分を知っている人の存在というのは、今の俺にとって支えになるようだ。目の前ではあと息を吐く沖田は俺の視線を辿るように月を見上げた。――別に、お月見をしていたつもりはないのだけれど。


「…千鶴は?」
「広間で平助君とお喋りしてるよ」
「そ、か」


会話が途切れる。ということは恐らく、風間達と出くわしたことはもう知っているだろう。俺は首に手をやって地面を見た。この沈黙を破るべきか黙るべきか。はたまた何の話題を振ればいいのか。言葉が舌先で転がっては呼吸に溶けた。


「名前」


頭上から声が降ってくる。見上げれば、逆光によって表情はうすぼんやりとしていてよく見えなかった。


「平助君と、仲直りしてきたら?」
「……仲直りもなにも、喧嘩なんてしてないし」


ゆるゆるとさがっていく視線に他意はないはずだ。よいこらせと立ち上がって尻の砂を叩けば、沖田が「名前」と諌めるように声を上げる。見上げて目を合わせることは、どうしてだかできなかった。


「後悔、しても遅いよ」
「する後悔もない。大体、総司には関係な――」
「斬るよ」
「……」


しかめっ面をして、柄に手を置こうとして気づく。――刀、風間に叩き落されたままだ。すっぽりとなくなって鞘だけになってしまったそれに溜息を吐いて、無意味に縁を撫でてみる。帰ってきて早々怒鳴られるんだろうなあと逸れた思考回路を戻すことも億劫で、黙り込んでしまった。
再びの沈黙に、今度ははっきりと居心地の悪さを感じていた。


「――なんで、そこまでこだわるの」
「さあ?」
「…怒るよ、総司」


話を振っておいてその適当な返しに見上げて、眉をひそめた。しかと合う翡翠の瞳に、今度は逸らすことができなかった。


「なんとなくだよ」
「何それ」
「じゃあどうして名前はそこまで嫌がるの」
「っいやがってなんか…!」


はっとした。ここで声を上げるなんて、肯定しているようなものじゃないか。すうと細められた彼の双眸がなおさら悔しくて、俺は唇を噛んで目を伏せる。――なんとなく、分かった様な気がする。藤堂と話せと提案する彼に反発する理由も、彼を避けようとしている自分もその意味も。
だから、もう一度唇を噛んだ。


「……変わっちゃった」


ぽつりと、言葉にした。それは自分でも情けない声で、言葉にすることで余計むなしくなっていくような思いに頭を振る。沖田は何も言わずに、言葉を待っていた。


「……変わってほしくないから、気づきたくないから、話したくない」
「すごい、自分勝手な発想」
「うるさい。分かってるよそんなの」


拳をきつく握りしめたところで、何もかわらない。俺が情けないのも意気地なしなのも弱虫なのも。なにも、変わってくれないのに。

最後にここを発つ前に、藤堂は原田と俺の部屋にお茶を持ってきた。きっと彼は長らく新選組を離れるからというつもりできたのだろうに、たいして話もせずに彼は自室へと戻ってしまったのだ。――その時の俺は、そうだ、伊東に気を取られていたんだっけ。ああでもなんで伊東を知っていたのだろうかと考えたところで思考を元に戻す。あの時、もっと話していればよかったと、確かに、後悔をしていた。後悔を、したのだ。


「……ねえ、総司」
「なに?」


喉を通る空気が苦かった。


「…今度、俺が我儘言ったら斬っていいよ」


いつだって、自分勝手で自分でろくに考えもせずに他力本願で流されて。人間だの鬼だのなんだのと、そんなものよりも。今目の前にあるこの糸の切らないように、切れないように。そうすれば、よかったんだ。
俺がそんなことを言えば、案の定沖田は苦虫を噛み潰したような――いや、変な顔を浮かべて、それから笑った。


「仕方ないなあ。生意気な口きいた瞬間に斬り捌いてあげるよ」
「そんな嬉しそうに……広間、戻ろう」


胸の前に流れた髪を背中へと払う。二人分の影が砂利に縫いとめられていた。


「――刀置いてくるとかやっぱり相当馬鹿だよね、名前って」


後ろで笑い声をあげた彼に振り返って拳を突き出せば、いつものごとくゆらりとよけられた。けらけらと笑い続ける沖田に無意味と知りながらじとりと睨めば、ごめんねと心のこもってもいない謝罪ついでに頭を撫でられる。
ゆらゆらと蝋燭の炎が揺れる広間で、笑い声が四つ響いたのはそれから間もなくだった。

捨て損ねた黄朽葉色の自覚

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