未来はいつも
部屋に戻された俺たちは、また静かな時間を過ごしていた。相変わらず外からは小鳥のさえずりが聞こえている。
「うーん……」
「どうしたの? 千鶴ちゃん?」
「え? …あの空気、できれば殺さないであげたいけど、殺すしかなさそうだ……っていう感じだったなと思って」
段々と弱くなっていく語尾に、下がっていく視線。俺より年下の彼女には、やっぱりこの現状は辛いのかもしれない。
俺はそれと知ってここにいるため、幾分気持ちはやわらいでいるが。――まあ、一人だけさようならっていう結末も無きにしも非ずだけれど。
陽月はただ黙って、彼女を見つめていた。
「大丈夫」
「…うん、でも…」
「そう思えば意外となんとかなるもんじゃない? ほら、まだ選択肢があるじゃんか」
「せ、んたくし?」
千鶴はもう一度視線を上げて、俺の立てた二本指を見た。
「事情を説明するか、逃げるか。俺らは、千鶴ちゃんが何とかして逃げるという選択肢を選ぶのなら脱走を手伝うよ。どうする?」
きっと俺がこんなことをしなくたって、一人で立って一人で決断するんだろうけど。俺たちが今この場にいることによって発生する不調和は、今後どうなって響いていくんだろう。
――ふと過ぎった疑問を、見てみぬふりをした。
「事情を、説明する。 逃げるって言って名前君たちの力を借りちゃ意味は無いもんね」
そういって微笑んだ千鶴の表情が。とても強かで、優しくて。
――脳裏で黄色い瞳が過ぎった。
「…強いね、千鶴は。よし、じゃあ俺が声を出すよー」
うん、と頷いた彼女に、俺は息を吸った。
「すみませーん!」
声をあげて少しの間。数人の足音と共に、襖がゆっくりと開かれた。
「大胆だなあ、おまえさん。捕囚の身分で俺らを呼びつけるか」
感心したような彼の声とは裏腹に、視線は俺を射ていて。こちらの腹を探るような重たい視線を、俺は千鶴を見ることによって逸らした。
「……で、自分から声をかける何ざそろそろ腹も決まったのか?」
「私の話を、聞いて欲しいんです」
「恐らく、お前の事情は汲めないだろう。……それで良ければ話すといい」
「う……」
斎藤の言葉に千鶴は、一瞬言葉が詰まった。その間に原田と藤堂が畳み掛けて、彼女が話す隙を与えない。
「出鼻挫かないでくださいよ」
俺が唇を尖らせて文句を言えば、ふと静かになった。藤堂が何か言いたげな表情をしていたけれど、千鶴が斎藤のほうを向いて口を開いたことによって噤む他無かった。
彼女が簡単に京都に来た理由を説明すれば、彼は意外な言葉を口にする。
「寄る辺もなしに、女一人で人探しか」
性別が生かす理由にならないっていうのは、案外そうでもないのかもしれない。
斎藤の言葉に、永倉と藤堂は目を丸くして千鶴を凝視する。
「……気付いていたんですか、斎藤さん」
この時代、確かに男女で仕草がはっきりと分かれている。見る人が良く見れば、すぐ分かるのだろう。
――いやでも本当に外見で判断できると思う。俺はそういいたくなるのをこらえて、
「……一先ず土方さんたちのところへ行こう。事情の説明は、全員が揃ってから改めて頼む」
「…じゃ、千鶴ちゃん頑張ってね」
俺と日月は彼女の事情に関係が無い。だからまたあの部屋には行かないだろうと思っていた――けれど。斎藤はこちらに視線を寄越して、
「二人もついて来い。別々の行動を取られても面倒だからな」
「あ、はい」
思いも寄らぬ――というかただたんに人数の問題といおうか――彼の言葉に、俺たちはまたもやあの緊張感の中に放り込まれることになる。
俺達三人を間に、前後を挟まれながら歩いていると、後ろから永倉が声をかけてきた。
「……さっきのは、こういうことだったのか?」
元々あの問いかけに関して答えるつもりはさらさらなかったので、彼の問にはただ曖昧な返事と笑顔で返しておく。彼は不服そうな表情を浮かべるが、それ以上何も問いかけることは無かった。
そして俺達は再び幹部達に囲まれていた。 視線から感じる敵意が多少薄れたような気もするが、それは千鶴だけに対してである。――女子ってすごいんだな、と改めて思い知らされたような気がした。
「美人さんだとは思っていたんだが、まさか本当に女性だったとはなあ……」
「女だって聞いてから見ると、女にしか見えなくなってくるんだよなあ」
「だって彼女は女の子だからね」
くすくすと笑いながらそういうと、彼は少し頬を膨らませて反論してくる。――正直なところ、すぐ女子だと分かってしまう藤堂をあまり見たくない。
「お前だって最初"少年"って呼んでたろ!」
「男装は本人の意思ですし、それを他人の俺がばらしていいものかと思ってたから。俺らは知ってたよね」
陽月に同意を求めれば、彼はああと短く答えて藤堂を見た。それから「ねー」と千鶴にも話を振れば、彼女ははいと微笑んで頷く。
井上は申し訳なさそうな表情をしながら、"女の子"の千鶴の心配をした。今男女差別だと訴えれば、立証されそうな気がするのは俺だけじゃないはず。
――俺は元から男で通すつもりでいたから、別にそれは構わないんだけれども。
「ま、まぁ、本当に女だって言うなら、殺しちまうのも忍びねぇやな……」
「……さっきも言ったろ。性別の違いは生かす理由にならねえって」
永倉の呟きに、素早く土方が釘を刺した。それに「ご尤もです」と山南が同意する。
「女性に限らず、そもそも人を殺すことは忍びないことです。 京の治安を守る為に組織された私達が、無益な殺生をするわけにはまいりません」
「結局、女の子だろうが男の子だろうが、京の平安を乱しかねないなら話は別ですよね」
にこにこと変わらない笑顔でそう言った沖田は、相変わらず左手の親指を鍔にかけていた。
もともと新選組の評判は良くない。
なので、そんなところで隊士が血に狂っているなんていう噂が広まれば、京で活動しづらくなる。そうすると人々の守り手がいなくなって、結果的に京の都も乱れてしまう――。
彼等はそんな風に考えているらしい。
「それを判断するためにも、まずは君の話を聞かせてくれるか」
そろそろ正座が痺れてきそうな俺は、歪な笑みを千鶴に向ける。さすが江戸時代っ子、千鶴はそんな素振りを微塵も見せず、深呼吸を一つしてから話し始めた。
「……私は、雪村千鶴と言います――」
それから始まった長話は、右から左へと流れていった。頭の芯がぼうっとしてきて、目の前がかすんでぼやけてくる。
ああ、だめだ。
そう思ったとき、どこかで枯れ葉を踏む音が聞こえた気がした。
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