来はいつも

揺れる薄雲鼠色の水面 3 / 3


朝が来る。俺が眠れないことを知る由もなく、照りつける朝日が眩しいほど障子を貫いて頬を射した。隣に折りたたまれた布団になんとなく触れれば、まだほんの少しだけ温かかった。巡察と食事の朝番以外は俺が起きてから一緒に押し入れに布団を仕舞ってくれる彼は、恐らく今頃井戸で顔を洗っているだろう。温い夜着を剥いで着流しに着替える。肌を刺すような冬の空気が、寝ぼけた頭には気持ちが良かった。

朝餉の席で、沖田はいつも俺の斜め前に腰を下ろしている。顔を向けない限りは目が合うこともなく、ただひたすらに黙々とご飯をかきこんだ。そんなに腹が減っていたのかと永倉に笑われたが、寧ろその逆で、飲み込みたくないと思うほどには食欲はなかった。あははと適当に笑って誤魔化せば、原田がそれとなく会話に交じって話題をすげ替える。いつもいつも、気まずさに顔が歪まないのはなんだかんだ原田が助け舟を出してくれるからだ。ちらりと隣に座る彼を見上げる。漬物をぼりぼりと噛み砕く原田は俺の視線に気づくと少しだけ困ったように眉尻を下げた。
――なんで、この人じゃないんだろう。ふいに湧き上がった声に、思わず箸が止まる。味噌汁に口をつけながら、恐る恐る沖田を見やった。俺の左隣で沖田の正面に座る千鶴と談笑している。目が合わないうちに早々に逸らしてから、今更になって目に付いた目の前の藤堂のぴょこんと立つ寝癖に、腹を抱えて笑うふりをしながらため息を吐いた。



嫌われる、というのとは違う。それはあまりに被害者面している気がして、無責任だろう。どうしてこんなにも気に病むのかと問われれば、沖田の言葉が息苦しいからだ。
山崎君がいいなら言ってくれればよかったのに、なんて勘違いも訂正する間もなく去っていった背中が息苦しい。刺々しい言葉が息苦しい。それならまだ最初の頃のほうが純粋な敵意のみの茨であったから、比べればましである。――か細いものだろうと、彼らと繋がりを得てしまった。だからこそ、突き刺さる言葉が苦しいのだ。


「……ばっかみたい」


廊下の掃除をしながら、床板の目を辿る。よじれた雑巾を水桶に突っ込んで、ゆらゆらと泳がせる。
――そうだ、一緒だ。藤堂でも原田でも、斎藤でも誰にでも、そう言われれば息苦しい。突き放されるのが怖いのは、みんな、同じだ。
ぐるぐるとできた水流の流れに逆らえば、ばしゃりと足元を濡らして飛び跳ねた。





今日の総司なんなの。隊士たちとの稽古の休憩の合間に、藤堂が歩み寄ってそういった。


「荒いってわけじゃないけど、てかどっちかっていうといつもより優しい気もしなくもないし、なんか、すんげえ気持ち悪い」
「まあ、そのおかげで今日はあいつらまだ余力あるみたいだしな」


元来沖田はひどく荒っぽい稽古をする人間であったから、まだ潰れていない隊士を見ればどれだけ彼がほかに気を取られていたかわかる。当の本人はやはり消化不良気味なのか、微妙な顔をして素振りをしている。
恐らく、名前の喧嘩の相手は沖田で間違いなさそうだ。原因など彼女が何も言ってはくれなかったので知らないが、沖田が絡んでいるとなると、と考えてしまうのは別に贔屓しているわけではないはずだ。我知らず苦笑いがこぼれたのを、藤堂に見つからないうちに口元に手をやって上から隠す。調子悪いとかあんのな、と顎を伝う汗を手拭いで乾かしながら、藤堂はぼんやりと道場を眺めていた。
長く新選組にいたからだろう。愛着が、わかないはずはない。かといって変化を受け入れられないほど頑ななつもりもない。彼もまた、足元がおぼつかないままなのだ。
壁に凭れていた背中を持ち上げる。伊東派の隊士たちの視線がぐすぐすと刺さるのに気づかないふりをして、藤堂の頭を引っぱたいて稽古を再開した。
冷えた道場の床が、指先を強ばらせる。皮膚に擦れる床の凹凸の感触が、足の裏にやけに引っかかっていた。

揺れる薄雲鼠色の水面

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