澤村大地という人は、烏野高校バレー部の主将をしていた。インターハイ予選や県大会予選で何度か彼のことは見てはいたけれど、及川とはまた違うタイプの人なんだなと思うくらいだった。黒いユニフォームだからか線が太く大きくて、レシーブが上手で安心感のある選手。
そして、菅原と三年間ともに同じコートに立っていた人。
反対側の支柱でけらけらと笑いながら話をしている様子を見れば、なんだかひどく安心したような心持になって思わず顔がほころんだ。何ニヤついてんだと岩泉に引かれた目を向けられたが、寂しさを抱えていた同じものとして、これが無関心でいられるわけがないのだ。
咳ばらいを一つして、岩泉に倣いながらハンドルを回してネットを上げていけば、試合で遠くから見るよりもはるか高いところでそれは揺れていた。体感は名前の身長の二倍をゆうに超える。
「皆ぴょんぴょん飛んでたからもっと低いと思ってた…」
「名字はバレー初心者?」
「あ、うん、試合とかそういうのは全く」
ネットの下を大して屈みもせずに通り抜けて見上げていれば、澤村がボールを小脇に抱えてネット越しにそう言った。
彼は両手を伸ばせばどこにでも届いてしまいそうなほど大きく、同じ床に立てばさぞや懸命に見上げなくては届くこともない人なのだろうと思っていたが、間近で見ると意外にも違うようだ。そんなくだらないことを考えていたせいか、その視線に彼は小首を傾げた。
「あ、ごめんなさい、私上からでしか見たことなかったから…澤村さんってもっとこう、なんというか、」
「大地と俺はわりと低い方だしなー」
「まあ後輩の方がでかかったよな」
「そ! …ういう、わけではなく」
尻すぼみかよ。
くつくつと菅原が澤村の肩に肘をかけながら笑っている。あの時の悩みに後輩がでかいことはあった、なんて二人で面白おかしく高校の頃の話をしていて、寂しかったんだと吐露した彼の声が聞こえた気がした。
「クソ及川がでかかったんだよ」
「…はじめ、あと七ミリ足りなかったもんね」
「うるせえ!」
目を吊り上げて声を荒げた岩泉の視線の先には、あのしたり顔で見てくる及川がいるのだろう。
不意に、菅原がネットの上からボールを投げて寄越した。頭上でキャッチすれば、彼はにししと笑っている。
「おんなじコートだべ」
「!」
――世界線が、違かった。
同じコートに立ったことなどなく、いつも彼の姿を二階の観客席から見下ろしていた。コートに集まる六人で、何かの声を掛け合った後に、そうして始まるバレーというものを、彼は心底藻掻きながら楽しんでいた。
「…ねえはじめ」
アップを始める岩泉の背中を見上げる。白の練習着を着る彼の姿は、何度か見たことがあった。その隣にいつもいた及川は、今はどこにもいない。
岩泉は両手を後ろにまわしながら、何だよとこちらを見た。
「…試合始まる前って、いつもなんて言ってたの」
胸の前に抱えたバレーボールを、ひたすらに繋いでいく。ボールを落とした方が負けるんだと、歯噛みしながら呟いた及川の声は、まだ耳に残っている。
彼はハイジャンプを五回ほど繰り返して、それから背を向けた。
「教えね」
「――ええ」
思ってもみなかった声は、少しだけ、笑っていた。
そうしてパスラリーやスパイク練習を少ししてから、岩泉と名前、菅原と澤村でコートに分かれて十五点マッチでローテーションをしていくということになった。
「トスあげてくれりゃ俺が打つ」
「ありがとうございます!」
「サポーターねえから膝打つなよ」
フライングもまともにできないので、そもそもそんな技がありませんと項を掻けば鼻で笑われた。
菅原も澤村も、二人ともスパイクを打って決めていたのは知っている。腕もげるかなと冗談半分で言えば、かもな、と返ってきた。
「フロントゾーンなしでいこう」
「サーブは普通で」
「普通以外ってなんだ」
「あの及川みたいなジャンプサーブじゃすぐ終わんべ」
そのゲーム展開は独断場すぎる。菅原の発言にそりゃそうだと澤村が笑うと、打てねーよと岩泉が心なしか拗ねていた。
じゃんけんをして、勝った岩泉からサーブを始める。
――幅九メートルと長さ十八メートルのコートで、相手は烏野で、隣に岩泉がいる。
「…バレーだ」
トン、と背後から聞こえた小気味いい音の後、ボールがネットを越える。一球目を澤村が高く上げた。菅原が両手を掲げて跳ね上がる。
来るぞ、と岩泉の声が弾けた。中腰に構える。澤村が地面を強く蹴って、それから跳んだ。真っ直ぐに高く、振り上げた右手が逆光で黒い翼に見えた。
ダァン!
名前の左サイドを抜けていく速球が地面についた音のあまりの重々しさに、構えていた足が逃げた。
「っわ悪い! つい、気合入って…!」
「――、」
後ろの壁の方に転がったボールを岩泉が追いかけて返球した。
上から見ていた。何度も跳ね上がるボールを、徹は追いかけていた。何度も、岩泉が打ち下ろして。二人の隙間に流れる空気を、名前は吸い込めない。
「…あんなの取ってたの」
「おー」
「…すごいね、二人とも」
「上げれたらあとで腕の写真撮ってやるよ」
そしたら、彼奴に送り付けてやれ。
腰に手を当てて、彼は笑っていた。