過去に抱きし傷も含めて今を生きよ


※企画夢『光もあわきゆめに別るる』の続編。


とある事を切っ掛けに別次元軸に在る本丸へと飛ばされ迷い込むが、後に正規の自本丸に戻ってきてから該当本丸について調査すると、その本丸が在るのは我々が居る世界線とは平行的に存在する世界線・時間軸だったと判明する。

そして、調べていく内に、その本丸の審神者が失踪した理由や既に自殺して他界した後である事も判明。

加えて、審神者の自殺には或る刀も関わっていた事も判った。

彼女が殊更大事にしていたとされる、元は折れた筈の刀(陸奥守吉行)であった。

彼と彼女は元はただの主従関係であったらしいが、いつからか彼女の方が彼に恋情を抱くまでに好いていたらしく、自らのせいで好いていた彼を折ってしまった事が余程ショックだったらしい。

其れが原因で、ある種闇堕ちしてしまった彼女は歴史修正者側へと加担、守るべき筈の歴史を変えてしまったとの事。

当該報告書に目を通しながら色々と思うところはあれど、自身が担当する事件もとい歴史であるので、続けて更なる詳細部位に目を通した。

くだんの審神者は自身の刀が折れた事をショックに自分自身の過去の歴史を変えようと歴史修正者側に堕ちる。

その後、大切にしていた刀が折れる前の時間軸に飛び、その刀が折れるという事実を捻じ曲げ、元在る歴史を改変。

この時、当該時代へ飛ぶ、また歴史改変の手助けを担った者が居るとも判っている。

当該本丸に所属していた刀剣の一振り…薬研藤四郎である。

その本丸に所属していた他刀剣達より曰く、彼は密かに自身の主である彼女の事を好き慕っていたそうな。

しかし、彼女がほんに好いているのは別の刀である事も知っていた為、審神者にはずっと隠し通していたらしい。

事件の詳細は続く。

ホチキスでアナログに束ねられた書類の束をまた一枚と捲る。

―暫くは折れる事から救った刀と共に様々な時代を転々とする審神者だが、次第に歴史修正者側に回ってしまった己を悔い、激しい自己嫌悪に囚われ始める。

結果、“己自身の存在を元から絶つ”という考えに行き着いたのか、己が産まれてくる事自体無かった事にするべく、再び自身の過去に飛び、生まれてきたばかりの赤子の自分を殺して自分自身の存在自体を消し去る。

しかし、この歴史改変が当該世界線側の時の政府側にキャッチされ、露呈する。

改変された歴史は元在ったように戻され、歴史改変の中心点となってしまった本丸はその時間軸から孤立、弾き出されて某特異点のようにぽつんと存在する事になった模様。

其処へ、偶々波長が合ってしまった平行世界軸の私が呼び寄せられてしまったのが、事が起きた原因だと…。

現在、私が飛ばされたその本丸は、特命調査で指定された時間軸と同じく封鎖、政府の監視下に置かれている。

また、当該時間軸の歴史を正す為の調査として派遣された当本丸の派遣部隊の任務は無事成功。

此方の時間軸を歪めていたと思しき特異点は修正され、歴史は正しく動いているとの事が観測員より報告されている。

此れを称え、報酬として当該本丸へは資材各二十万ずつと手入札数枚をセットにして送る。

尚、今後もこの一件についての秘匿は継続される為、関係者以外への他言無用を継続す。

報告は其れで以上だと言葉で締め括られていた。

平行世界線の自分とは言え、客観的に見て、何とも馬鹿な奴だなぁ…と思った。

どんな過去があれ、その過去があったからこそ、その経緯があるからこそ、今の自分が在るだろうに。

其れすらも分からずに惑い苦しみ、果てには安易に死を選ぶとは…巻き込まれた刀も不憫且つ報われぬものよなぁ。

何せ、望んでもいないのに蘇らせられた上に歴史改変の片棒を担がされ、挙げ句の果てには自死に付き合わされたのだから。

の刀に対しては、哀れとしか言い様が無い。

そして、今回のけんの発端を作った審神者には、馬鹿以外に何と言えるのか。

せめて思う事としたら…、私は同じ過ちを冒したりはしないよう気を付けよう、という事ぐらいだった。

果たして、其れで私は冷たい人間だと言われるだろうか。

何はともあれ、くだんの彼女は私自身ではない。

例え平行世界線の同一人物とあろうとも、必ずしも私が彼女と同じ末路を辿るとは限らない。

少なくとも、今この世に生きている私は、彼女とは別の未来を生きている。

己の過去と向き合い、抱えながらも、正しき歴史を守り抜く為に、今日も今日とて己の刀達と共に今在る歴史の中に生きる。


「―大将、今ちっと良いか?」
「うん…?どうしたんだい?」
「陸奥守の旦那と田貫の旦那が手合せ組んでたのは知ってるだろうが…どうもやり合ってる最中に熱くなったらしくてなぁ。途中から真剣持ち出してやり合ったらしく、錬度差も加味して二人して血味泥のボロボロになってんだ。悪ィが手入れしてやってくんねぇか?応急処置だけはしといたからさ。お叱りなら、今既に歌仙の旦那が鬼の形相で説教垂れて絞ってるから間に合ってるとは思うが…まぁ、大将からも一応一言だけでも言っといてくれや。“本丸内での乱闘・真剣での手合せは厳禁”だってな」
「おいおい、またかよ彼奴等…。前も同じ事やらかしてシバき倒されたっつーのに、懲りないねぇ…全く。分かったよ、此れ片したらすぐ行くから、薬研は二人が逃げ出さないようにの監視宜しくね」
「応、任された」


私の言葉に諾、と了承するなり直ぐ様この場から去った彼。

私が絶賛仕事中――もとい、件の報告書類を広げていたから、気を遣って早々と退散してくれたのだろう。

その気遣いを有難く思いながら、手早く机の上の物を片し、部屋を出る。

手合せに組んでいたのは偶々だが、カンストした陸奥守を相手に極めた後と言えどもちゃんとした装備も無しに真剣で挑むとは…何馬鹿やってんだか。

まぁ、大方何方かが滾って熱くなったところ言い出したんだろうが。

真剣での手合せは厳禁だと何度も言い含めていた筈なんだがなぁ…。

手入れに掛かる資材も時間も霊力も馬鹿にならないと再度言い含めておく必要があるようだ。

全く手の掛かる刀共だが、何よりも大切だからこそ絶対に一振りとして欠かせる事は無きよう努めるのだ。

何があっても彼等を裏切らない、また、自身が此処まで生きてきた歴史を否定しないように。

過去があるからこそ、今があるのだから。


執筆日:2021.04.10

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