毒も過ぎればただの毒


 私には、パートナーとなる人が一人居る。その人は、只人ただびとの私とは異なる特徴を持つ人種だ。体の彼方此方あちこちに艷やかな鱗があり、爬虫類特有の眼と舌を持った、蛇の亜人である。
 彼の名を、アスクレピオスと言った。かの偉大なギリシャ神話でも語られる、医療と医術の神様より取って名付けられたものと聞いている。
 彼は、己が蛇の亜人としてこの世に生まれた事は、神様より賜いし祝福であり、蛇の特質である毒への耐性を持つ体質は、神様より賜いしギフトのようなものであると定義した。折角せっかく、特異稀な体質で生まれたのだから、何か世の為に使えないかと思考した結果、辿り着いた答えは、毒への探求と研究であった。
 この世のありとあらゆる毒を自身の体で試し、どれだけ耐えられるか、また、どうすれば解毒出来るか……等々を繰り返し続けた。その内、研究が趣味へと移り変わるのもすぐで、次第に新種の毒を発見するなり自らを実験台にして試す事に愉悦を見出していった。
 私は、パートナーとして彼を支えるべく、身を尽くした。彼が、好きな研究へと没頭出来るように。甲斐甲斐しいまでに食事や身の回りの家事をこなし、其れが彼の一助となるのならと、喜んで身を捧げた。
 そうこう研究に没頭していく内に、彼はすっかり毒の中毒者へとなってしまった。今や、大抵の毒への耐性が付いた為に、余程強い毒性を有する毒物でもない限り、気絶すらしない。己の体に有する毒への耐性を活かして、毒の研究を進めて行き、各毒に対する血清剤や解毒薬を開発し、彼が始めに望んだ通り、実に世の中の為になる貢献へと至った。数多の賞を授賞しながらも、一向に満足の尽きる事のない彼は、今も尚ずっと研究に研究を重ね続けている。
「アナタ、そろそろお食事にしては如何です……?」
「やぁ、シーシャ。良いところに! 見てくれ、新しい血清剤と解毒薬が完成したんだっ!! 此れは、またとない医療界の進歩となる!! 学会へと連絡をせねば……っ! 嗚呼、私は胸が踊って仕方がないよ、シーシャ! この薬で、医療界はまた新たなる道が拓けたんだ!! この世に生きとし生けるもの達への治療薬が、また一歩、更なるその先へと進む事が出来たんだっ!! 素晴らしい研究結果に、屹度きっと学会の奴等もまた度肝を抜かれる事だろうな! くふふっ、奴等のたまげる顔が今から愉しみで仕方ないね!」
「研究がまたとなく実を結んで嬉しいお気持ちは、十二分に分かりましたから……いい加減お食事を摂られてくださいまし。アナタが最後にまともなお食事を摂られたのは何時いつだったか、忘れたとは言わせませんよ。幾らアナタが蛇の亜人だからと言っても、限度があるという事はとっくに存じ上げてるんですからねっ」
「丁度キリ良く区切りが付いたから、そろそろ食事にでもしようかと考えていたところだったんだ。私の愛する妻は、何もかもお見通しだな。君をつがいに選んで正解だった。君程、素晴らしいパートナーも存在しないからね。君が居てくれるから、私は好きな事への研究に没頭する事が出来る。いつも感謝しているよ、私の愛しい妻、シーシャ」
「お食事が済みましたら、少しでも良いので休息を取られてくださいね? 目の下の隈が酷い事になっているの、これっぽっちもお気付きでないでしょう?」
「はて……ここ最近、まともに鏡すら見ていなかったもんだから、今自分がどんな顔付きをしているかなんて、一ミリ足りとも考えていなかったな……」
「取り敢えず、まずはお食事を済ませて、その後に軽くシャワーでの入浴を済ませて、それから休息を取られるのが今のアナタにはベストかと」
「ふふっ。いつも世話をかけるね」
「全くですよ」
「けれど、どんなに私が研究以外の事を疎かにしようと、無精しようと、君は変わらず尽くしてくれる。私は、実に幸せ者だ。君という素敵な女性に愛されて……。嗚呼、私を虜にして離さない君こそが、この世で最も恐ろしい最強の毒だ。私の身を毒してまない、献身的なまでの深き愛。私は、この世界に感謝するよ。君と出会わせてくれた奇跡に。そして、縁を繋いでくれた神々のお導きに……! 嗚呼、神々よ、此処に祝福をもたらたまえ……っ!!」
「嬉しさ余ってハイになられるのは結構ですが、程々にしてお食事を摂られてくださいまし。仏の顔も三度まで、ですからね」
 元々色白な肌質の人だが、何徹したのやら、目の下は真っ黒な隈で縁取られており、顔色なんて真っ白通り越して蒼白くなるまで血の気が引いていた。不健康そのものな見た目である。研究が一区切り付いた時のお決まり光景でもある為に、今更驚きもしないけれども。あまりに不健康そうな顔色に、今にもぶっ倒れるんじゃないかと気が気じゃない。程々で見切りを付けて強制的にでも食事などの身の回りの世話を焼いてやらねば、本当にこの人はその内倒れかねない。研究に没頭し過ぎて、寝食を疎かにするなんてザラであるし。かと言って、其れをめる権利は私には無い。
 私は、飽く迄、彼のパートナーとして、妻として、愛する人へと尽くすのみである。其れこそが、私の何よりもの幸せだから。
「食事が済んだら、シャワーの前に一度学会へ連絡しても良いかい? 忘れない内に今回の研究結果について報告しておきたいんだ!」
「構いませんが、必要最低限にしてくださいよ? また、この間みたく論議が白熱するあまりに時間を忘れてしまうのはおしになって」
「分かっているとも! もし、仮にまた白熱して長電話になりかけたとしても、君がめてくれるのだろう?」
「当然ですとも! アナタの健康が第一なんですからっ。今日のお電話も程々になさってくださいね?」
「勿論、そのつもりさ。つくづく、私は愛されているね。幸福な限りだ」
 そう言って、彼は徹夜続きだった血色の悪い顔付きで、実に幸せそうに微笑うのである。


後書き
※支部の小説企画『執筆応援プロジェクト〜毒〜』へ参加及び投稿した作品となります(リンク先は作者の垢頁へと飛びます)。
※原文は此方より。
執筆日:2025.06.29/初出日:2025.06.29
公開日:2025.07.06