口説き文句は日本語でお願いします


 近侍と二人で現世での任務帰り、何故か豪華客船に乗り合わせる事になった。帰りの便に移動手段として足に使うだけor政府からの出費なのでぶっちゃけタダ乗りという話である。
 普段では経験出来ない事というのもあり、ただ帰りの足に使うだけとあっても興奮せずには居られない審神者は、喜色を滲ませて船内を練り歩いた。その傍らには、勿論近侍の彼がしっかりと付いて彼女の警護に余念無く当たっていた。
「こんな機会滅多に無い分、帰りの足だけに使うには勿体無い気がするわぁー……っ。まぁ、全部経費で落ちるって言うからには、全部政府持ちって事になるんでしょうけども。其れにしても凄いわ……」
「先程からやけにはしゃいでいるな、小鳥よ。そんなに今回の件が嬉しかったのか……?」
「まぁね。だって、豪華客船に乗るなんて事、一生に一度有るか無いかの思い出だし? 今回、偶々御上おかみが帰りの便にこの船を指定しただけの事に過ぎずとも、滅多に無い機会ならそりゃテンション上がらない訳がないっしょ! 単なる足に使うだけだから、あんまり色々は出来ないけどもね」
「だから珍しくそんなにはしゃいでいたのだな……。いやまぁ、別に悪い事ではないさ。小鳥の愛らしい様を見れた事は、私としても嬉しい事だからな」
「ふふふっ、なら良かった。……にしても、豪華客船に乗るなんて話だったら、もっとちゃんとした格好してきたかったなぁ〜。ドレスコードで決めたりとかしてさ? 其処んとこ、政府って雑だよねぇ〜……っ」
「ふむ……確かに、格好こそ浮いてはいないが、些か若干の差異を感じるな。やはり、この場合の小鳥は、華やかに着飾った姿の方が似合っている気がする」
「単なる任務帰りなだけだったから、いつも通りのスーツ姿なんですけど……。前以て聞かされてなかったから、わざわざこの為だけに着替えとかも持って来てないし。というか、豪華客船を足に使うとか聞いてないし。はぁ〜っ、此れが完全オフの私事時なら心底楽しめたんだろうになぁ〜……本当惜しいよ」
「まぁまぁ、気持ちは分からんでもないが、愚痴を零すのは其れぐらいにして。折角せっかくの機会ならば、少しの間とは言え楽しもうじゃないか。任務で疲れただろう……? 私が何か飲み物を取ってくるから、小鳥は此処に居てくれ」
「有難う、ちょもさん。其れじゃあ、お言葉に甘えて此処で大人しく待ってるね」
 ちょっと飲み物を取りに行ってくると言って、一瞬警護に付いていた彼が側を離れた、その時。その隙を狙ったかのように、彼女の元へ見知らぬ男の影がふらりと近寄った。
「――Hello beautiful lady. It's a beautiful day. (こんにちは、美しいお嬢さん。今日は素敵な日だね)」
「えっ……」
「Are you alone? It would be a shame to leave such a beautiful young lady alone. (君一人なのかい? こんな美しいお嬢さんを一人にしておくなんて勿体無いなぁ)」
「えぇ、っと…………、」
「If it's okay with you, I'll stay by your side as your partner, but what do you think? Not bad, huh? (君さえ良ければ、僕がパートナーとして側に居るけど……どうだい? 悪い話じゃあないだろう?)」
 突然の出来事過ぎて、対応に困ってしまった。相手は、明らかに異国の者で、流暢な外国語で以て話しかけられている――否、口説かれているのだろう。言葉は分からなかったが、直感的にそう理解した。
 だがしかし、こんな場での正式なマナーや応対の仕方など一切知らない。よって、断ろうにも下手に口は利けないし、おまけに外国語は話せないしで早々と詰んでしまった。どうしたものだろうか。こんな事なら、マナー講座や外国語についての勉強をもっと真剣にやっておくべきだった。今更悔いたとて遅い話であったが、そんな風に思わざるを得ない出来事であった。
 何分、外国人にナンパ且つ口説かれ絡まれるなんて初めての事だ。さて、どうしよう。彼女は頭をフル回転にしてこの場の遣り過ごし方を考えようとした。
 其処へ、するりと自然に帰ってきて彼が、彼女を背に庇うようにして現れ、男へと口を開いた。
「私の連れに何か用かね?」
「Aw, he's such a nonsense guy for suddenly interrupting. Can you please not interrupt this opportunity? (おや、急に割り込んでくるなんてナンセンスな奴だ。折角せっかくの機会を邪魔しないでもらえるかい?)」
「……成程、異国の者だったか」
「う、うん……っ。其れで、どうしたものかと、現在進行形で対応に困っておりました……」
「小鳥は、ただでさえ目を惹く見目をしているからな……。こんな事もあろうので、と前々から危惧してはいた。一先ず、状況は分かった。此処は私に一任させて頂けないだろうか?」
「えっ……任せられるなら、そりゃ任せたいところだけども……逆に訊くけど、大丈夫なの……?」
「あぁ。こういった時の為に学んだ知識が活かされそうだからな。小鳥はそのまま私の背に隠れていなさい」
 そう言って、彼は男へと向き直り、再び口を開いた。
「――With all due respect, she was originally my partner. If you want to talk to me, you'll have to go through me first. (失礼だが……元より、彼女は私のパートナーだ。話があるのなら、私を通してからにしてもらいたいのだが、如何される?)」
「……! Oops, this is very rude! I had assumed that she did not have a partner, so if she did, I would leave! Sorry to interrupt! Bye! (お、おっと、此れは大変失礼した……っ! てっきりパートナーが居ないものだと思っていたのでね、相手が居たのなら僕は退散しよう! 邪魔して悪かった! さようなら……っ!!)」
 彼が口を利いた途端、あからさまに態度を急変させた男は、逃げるようにその場を後にしていった。その様を「ふんっ、」と溜め息をきながら見送り、男が完全に視界の端に消えていったのを確認してから改めて彼女の方へと振り向く。
「もう出て来ても大丈夫だろう。あの男は尻尾を巻いて逃げて行ったぞ。安心すると良い」
「有難う、ちょもさん……っ。助かった」
「いや、今のは私も悪かった。一時的な事とは言え、小鳥を一人にしてしまったからな……気分を害しただろう。持ってきた飲み物でチャラにして欲しいとは言わないが、此れで手を打つという事で一旦お許し頂けないだろうか……?」
「別にそこまで気にしてないから、そんな畏まらなくても良いのに……っ」
 パッと見、どう考えても堅気には見えない山鳥毛は、正真正銘のヤの付く一家の長たる者である――そんな彼が相手となって退けてくれたのだ。宛ら、何処ぞのお嬢様とそのSP(もしくはマフィア擬き)とでも勘違いしてくれたのだろう。男はぴゃーっとあっさりと簡単に去っていった。些か拍子抜けである。
「話変わるけども……ちょもさんって英語話せたんだ? ちょっと意外」
 そう端的に訊くと、彼は少しはにかんだ様子で答えてくれた。
「我が本丸の若鳥……長船の祖を務める彼だと言えば分かるかな?」
「あぁ……燭台切が絡んでたか。でも、何の為に?」
「何処かで役に立つだろうと後学の為に、彼直々に教鞭を取って教えてくれたんだ。お陰で、今しがた落ち着いて対処する事が出来た。帰ったら後で礼を言っておかねばならないな……。ついでに、何かお土産も付けたら喜ぶだろうか?」
「ふふっ……全く、ちょもさんったら、“自分より若い鳥達”に対して甘くなぁい? 毎度そこまでしなくっても良いんだよ?」
「いや、何。其れでは私の気が済まないのでな。折角せっかく教わった事が役に立ったのだ、感謝の念を伝えるのは組を治める長として当然の事だ」
「まぁ、ちょもさんが良いのなら、別に私も下手に口出ししたりはしないけどさ。好きにしたら良いよ」
「感謝する、小鳥。――其れと、一つ言っても良いのなら……小鳥も、もう少し危機感を持って警戒して欲しいところだ。でないと、私が離れた隙を狙われた時の対処に苦労する事になるぞ?」
「あら、御生憎様だけども、私、そう容易には他人に靡いたりなんてしないわよ? ああいう輩の相手もある程度なら心得てるし、一応其れなりの往なし方も心得てるから、一人でも平気だったのだけど……。まぁ、今回ばかりは相手に言葉が通じなさそうだっただけに、ちょもさんに軍配が挙がるけどね」
「……小鳥、」
「御免て。茶化した訳じゃないから、お叱りもお咎めも勘弁してよ。家に帰り着いたら、そっちからの条件飲むから。其れで良いでしょ?」
「……後からの前言撤回は一切許しはしないから覚悟しておけよ?」
「なるべくならお手柔らかにをお願いしたいところだけども、二言は無しという事で、一先ずは了解した……!」
 お互いに今ので手打ちにする事としたのだろう。男に絡まれた件についての話に終止符を打ったようだった。
 代わりに、彼女はふと先程の時の彼を思い出し、彼が持ってきてくれたフリードリンクを飲みながら口を開く。
「ところで、さっき何て言って追い返してたの? 私、英語とか全然駄目だから分かんなかった」
 純粋な興味からの質問だった。そんな彼女の視線を受けつつ、彼も口を開いて答える。
「暗に分かりやすく、“私のパートナーに何か用かね?”という意味を込めた言葉で以て返しただけだったが……其れがどうかしたか?」
「いやぁ、やけに流暢な発音且つ手慣れた感じに聴こえる英語だったもんで。そんな風に話せるまで教わってたんだなぁ〜と単純に思いまして」
「こういう事に関しては、彼は得意中の得意らしいからな。しっかりと覚え切るまで叩き込まれたよ」
「へぇ〜っ、そんな事あったなんて全然知らなかったや」
「まぁ、小鳥が現世の仕事で忙しくしている間に本丸で教わった事だからな。小鳥が知らずとも仕方ない事だろう」
「ふふっ……其れにしても、さっきのちょもさん、宛らボディーガードみたいで格好良かったな」
「小鳥の目にそう映ったのなら、何よりだ」
 其れから暫くして港に着いたら、何処から情報が漏れたのやら、某組員の方々が数名お出迎えしに来ていた。
「姐さん、お仕事お疲れ様っしたァ!! どうぞ、お帰りは我々が足になりますんでっ!」
「さぁ、お車は此方になりますよ、姉御ォ!!」
「………オイ、政府。どうなってんだコレ。情報漏洩も良いとこだし、管理・警備も大概に杜撰過ぎるぞ。大事な事だからもっぺん言う、どうなってんだ」
「此ればかりは、小鳥に賛同だな……」
「取り敢えず、政府への文句は後でこんのすけを通して抗議するとして、だ……。今は此奴等どうにかすんのが先だわ」
 港に着いてすぐこんな事になろうとは、頭を抱え込みたくもなる話であろう。其れでも、現実逃避を図らなかった彼女は、憮然としながらも彼等に向かって口を開いた。
「せっかく出迎えに来てくださったところ申し訳ないんですが……私達は此れでも極秘任務に付いている身ですので、無駄に騒がないでください。あと、足は必要無いので即刻帰ってください。控えめに言って、目障り且つ存在が邪魔です。とっとと自分の巣に帰んな」
 あからさまに面倒臭いというのが表立った口調であった。機嫌が悪くなると目が据わり、苛付くとつい口調が荒っぽくなってしまう彼女に、こういう時ばかりの対応だけ手慣れてしまっているから困りものだと苦笑を滲ませて笑みつつも、そんな彼女に最後まで付き合う山鳥毛であった。


※旧タイトル:『口説き文句は異国語ではなく日本語でお願いします』。変更理由……ちょっと長かった為、省略したかった事より。

執筆日:2020.11.05
再掲載日:2023.05.20