893一味に拉致られました


 突然の事であるが、現世での審神者会合の帰りに、リアルにヤの付く自由業の人と思しき方に捕まり、職質を受けてしまった。声をかけられた理由は、その道の人なら一発で分かる刀専用の刀入れを背負っていたから、だそうだ。……というのも、会合時は緊張事態以外を除き、現世での刀剣男士の顕現は認められず、刀に戻った状態で彼女が所持していた為だろう。
 ヤの付く自由業者と思しき男は言った。
「堅気の一般人が、んなモン持っとる筈が無い。お前、何処のシマの下っ端じゃ? んなサツに分っかりやすい上にバレやすいモンに入れて持つたぁ、こっちの世界に入り立てのわっぱしか居らんわ」
「え……? 堅気の人間でも刀取り扱う人普通に居りますけど?? そういう専門の人に失礼じゃないですか、今の? というか完全に風評被害被りますがな〜……?」
「一応、確認の為にも見せてみ」
「いえ、コレは一般の方に容易にお渡し出来る品物ではありませんので……っ」
「ええから見せてみぃって。何なら、無理矢理にでも奪い取ったってもええんやぞ?」
「(えー、この人全然話聞いてくれなーい!! どうしよぉーっ!)……と、兎に角っ、私只今絶賛急いでおりますので、失礼させて頂きま、」
「まぁ、待ちや」
 退散を図ろうとした瞬間、動きを先読みされていたのか、思い切り腕をガッシと掴まれてしまった。当然ながら、音子は抗議の声を上げた。
「は、離してくださっ……!」
「ならん。ちゃあんとこっち見て物話してくれるまで離さへんで?」
 コレは絶体絶命の危機――!! こうなったら奥の手を使うしかないか……!
 そう答えを出すまで、此処までコンマ0.5秒である。
(仕方ない、あんまりこの手は使いたくなかったんだけど……っ。ちょもさん、お相手頼みます……!!)
(承知した)
 此れ以上は自身で応対するのは無理と悟った彼女は、代理として彼に対応を頼む為、一時的に憑依してもらう事を実行に移した。
 瞬く間に音子への憑依を成功した山鳥毛は、ヤの付く男に向かって睨みを効かせて向かい合い、彼女の腕を掴む相手の腕を逆に掴み上げながら言い放った。
「――失礼だが、この刀に“此方側”の者が不容易に触れては危険だからと忠告したのが、耳に入らなかったのだろうか……? どの刀だろうとそうだろうが、特にこの刀は主人以外の者が許可無く不躾に触れる事を嫌う質でな。その腕を切り落とされたくなくば、今すぐ言う事を聞いて彼女を解放してもらおうか。少々急いでいる身なのでね……ご理解頂くと共にご協力願えないだろうか?」
 不敵な笑みを浮かべる山鳥毛in音子は、一般人でも分かる圧倒的オーラを放ち牽制した。
 この時、音子には山鳥毛憑依中の効果なのか、彼の刺青が怒った時のように赤く彼女の表面に紋様状に浮かび上がっていた。此れには、流石のヤクザさんも気圧され恐れ慄いたか、手を離して呆然と後退る。その反応に、山鳥毛in音子はニコリと微笑むと。
「有難う、話が分かる相手で感謝するよ」
 ――と、手短に礼を述べるなり男から距離を取るように身を翻して言った。
「では、先を急いでいるので、此れにて失礼させて頂く」
 言うなり何なりその場から離脱(走って逃走)し、急いで彼女の家まで帰宅した。その時には、彼の紋様は消えて元通りになっていた。
 安全地帯あんちに辿り着くなり、直ちに憑依を解いて顕現し直し、ゲートを繋いで本丸へと帰還する。此処まで怒濤の流れで、滅茶苦茶大慌てであった。何やら大層急いだ様子で戻ってきた風の二人に、本丸の皆は不思議そうに首を傾げて口を開く。
「おかえり二人共。凄い慌てようで帰ってきたけども、一体どうしたんだい?」
「随分急いで帰ってきたんだねぇ」
「いや……其れがね、サツよりももっとやばい人に捕まりかけて……ッ」
「お巡りさんよりもやばい人って……?」
「ヤの付く自由業の人、って言えばお分かり……?」
「そ、其れは大変だったね……っ! お疲れ様! お茶入れてくるから、ゆっくり休みなよ!」
「うん、そうする……。にしても、滅茶苦茶焦ったわぁー……っ。咄嗟にちょもさんに憑依頼んで回避したけどもさぁ」
「えっ、其れは其れで逆に不味くなかったかい……?」
「ま、まぁ、上手く撒けたという事は大丈夫という事なんだろう……っ。そうでないと、私が困る……。小鳥の護衛として付いて行きながらこのザマでは、一文字の長としての示しが付かないからな」


 後日、仕事の為に現世へと戻った主と近侍兼世話係の山鳥毛の二人。
 何事も無かったかのように普段通りに仕事へ行って家まで帰宅しようかとしていると、自宅前にたむろするヤの付く自由業さん方が数名。目が合った瞬間に、「あ、コレ不味いや〜つでは……?」という感じにロックオンされ、あっという間に取り囲まれる。
 今回、彼女は審神者じゃない方の普通のお仕事に行っていたので、護衛等無しの状態である。取り敢えず、ド定番のベター且つあるあるの展開みたく啖呵を切ってみる事にした。
「貴方達何なんですか? いきなり取り囲んだりなんかしてきて、善良な市民である私に、一体何の用だって言うんです? 私、今仕事帰りで疲れてるんで早く家帰りたいんですけど。何か御用なら、後日改めて来て頂けませんか? 控えめに言って凄く邪魔です」
 まさかの反応だったのだろう。初手でいきなりかまされるとは思っていなかったようで、ヤクザさん達はざわざわしながらちょっと話し合ったのち、答えが出たのか、返事を返してきた。
「すまんが、ウチの組長がアンタに話があるって言うんでな。俺等に付いてきてもらおうか」
「いや、んな事知りませんがな。何処の組長さんだか何だか知りませんけど、マジで疲れてるんで今日のところは勘弁して帰らしてください」
「組長の命令は絶対や。手荒な真似はせん、一緒に付いてきてもらおか」
「いや行きませんってば! 話聞けや!? ッ……ちょっと、離して! 離せったらァ!! 私、これから別の仕事あるんで行かなきゃならないとこあるんですが――って人の話全無視かい!? ふざけんなコラ!! オイ、離せ!! 降ろせ!! 今すぐ降ろせぇー!!」
「よし、娘は乗せた。出せ」
「助けてちょもさぁああああんッッッ!!」
「小鳥っ……!!」
 小鳥の危機を察知or外の騒ぎを聞き付け慌てて駆け付けようとするも、既にその小鳥は車にぶち込まれた後。ついでに、窓越しに暴れ叫ぶ様子の小鳥を目撃。そして、流れるように走り去る真っ黒な車数台。
 主様、ヤクザ一味に拉致される事案発生☆ さぁ、どうする一文字組頭・山鳥毛! 拉致られた審神者の身はどうなる!?
 次回、山鳥毛、現世のヤクザにカチコミに行く! お楽しみに〜!!

※次の話に続く。


※旧タイトル:『ヤの付く自由業の人に捕まるの巻』。変更理由……ちょっと長ったらしく思った為と、もう少し簡潔な表現にしたかった為。

執筆日:2022.08.27
再掲載日:2023.05.22