羽のように軽い抱き心地


 本丸という巣にて待機していたら、何やら鳥達の賑やかな声が聞こえてきて、書物を読んでいた山鳥毛は其方へ意識を移した。そして、賑やかな声に誘われるように部屋から顔を覗かせると、若鳥――短刀達が大きな刀――薙刀の者達と戯れているのが目に入った。何やら随分と楽しげにしているのに引かれて、彼はとうとう部屋から出てみた。
 見ると、短刀達を抱き上げて、所謂幼子にする遊び…高い高いをして戯れていたようだ。彼等の姿を見ている内に、自分も混ざりたくなったというか、好奇心が疼き、同じ事をやってみたいと思い始めた。しかし、彼が実践したいと思った相手は若鳥達ではなく、彼の主である小鳥に対してであった。つまり、端的に彼女の事を抱き上げてみたくなった訳である。
 其処へ、丁度のタイミングで現れた通りすがりの審神者。良いところにと言わんばかりに顔を綻ばせた山鳥毛は、通りすがった彼女を呼び留めた。
「小鳥よ、今少しだけ良いだろうか?」
「はい、何でしょう……?」
「少しばかり、万歳をするみたく両の手を上に上げてみてくれないか?」
「えっ……万歳するみたく両手を上げる? えーと、こう、かな……?」
 訳が分からずとも、戸惑いつつも取り敢えず言われた通りに緩く両手を天に向けて万歳のポーズをしてみる審神者。そうやって無防備となった脇の下に両手を差し込み、徐に持ち上げた。当然、彼の突然の奇行に主は吃驚仰天である。勢い余って、
「い、いいいきなり何すんです!?」
 ――と、慌てる始末である。此れには、「いや、すまない」と謝った上で、彼は突然審神者を抱き上げるという奇行に走った経緯を説明してくれた。その直後に、彼は「小鳥は羽のように軽いな」という感想を零した。そんな小鳥はというと、彼に抱き上げられたままで「ヒエェ……ッ」状態だ。もし、その場に彼以外の一文字に連なる者が通りかかりこの現場を目撃したならば、“取り敢えず一旦降ろしてやったらどうだ……?”と助言した事だろう。其れくらい、彼は無意識にはしゃいでいたのだった。
 だが、流石の抱き上げただけの不安定な体勢は彼女も気の毒だろうと思ったのか、の上杉の若鳥達にする如く腕に座らせるような形で抱え直した。そうして改めて知った彼女のあまりの軽さに、心配になった彼は問う。
「小鳥よ……あまりにも軽いが、きちんと食事は摂っているか? 無理な減量などは体に毒だぞ」
 何故に今そんな事を問うのだ。審神者の心中やまさにそういった感じだったであろう。しかし、彼に対し不躾な態度は取れぬ彼女は思うまま突っ込みたい気持ちを堪え、そのままの体で反論した。
「そもそもダイエットなんてしてないし、美味しい御八ツという間食付きでちゃんと三食食べてますよう……っ! 本丸に居る時は皆と一緒に、現世に居る時はちょもさんと一緒にしっかり御飯食べてるんだから、知ってるでしょう!!」
「あぁ、そうであったな。確かに、小鳥の言う通りだ。だが、其れにしても軽いものだな……女人は皆こうも軽いものなのか?」
「さ、さぁ……っ、其ればっかりは私も知りませんよぅ。乙女の体重程、個人差分かれる事ないんですから……っ。――というか、もう気が済んだのでは……? 恥ずかしいので、そろそろ降ろして頂けたら嬉しいのですが……っ」
 彼に抱き上げられ、また腕の上に抱え直され、数分は経過した。ただ彼女の身を抱き上げてみたいという欲求は満たされた事であろう。しかし、彼は否を唱え、渋る様子を見せたのであった。
「……もう少しの間だけ、こうして居ても良いだろうか。君の抱き心地は、なかなかに良くてな……」
「ヒエッ!? か、勘弁してくださいよぅ……っ!! はうぅ……っ、今目の前に穴があったなら入りたいぃぃ〜……!!」
「そんなに恥ずかしいのならば、私の懐であるコートの内側にでも入るかな?」
「其れこそ恥ずかし過ぎるんで本当堪忍してちょもさぁ〜んっっっ!!」
 終始ご機嫌でご満悦そうにニコニコと笑む一羽の山鳥であった。

執筆日:2021.09.22
公開日:2023.05.22