あまりに悪夢が続くと、人は段々疲弊していくものだ。何故ならば、休むべき時間に休まっていないからだ。そのせいで、碌に眠れていない。眠れてもほんの数時間だけ。夢を見るくらい寝てしまったら、途中で意識が覚醒して、眠れなくなってしまう。
今日で何日目だっただろうか。最早、数えるのを止めてしまった。まともに眠れなくなってしまった事で、眠る事が怖くなってしまった。まるで、子供みたいに思えて、端から見たらさぞ滑稽に映る事だろうと、知れず嘲笑が浮かぶ。
いっその事、眠らずに動かし続けられる頑強な体が欲しい。そうすれば、
何だか、もう疲れてしまった。体は睡眠を求めているのに、心が相反してしまって、ぐちゃぐちゃだ。この先、どうしたら良い? 色々と試したけれど、その
夢見が悪いのは、自分が悪いから。精神が不安定だから、夢魔のかっこうの餌食とされているのだ。だから、皆は悪くない。悪いのは、全部自分だ。薄暗い部屋に閉じ籠って、虚ろに何も無い宙を見つめて思う。
(もう、限界なのかな…………)
まともに眠れなくなって、幾日が経った。心を蝕まれ、次第に体調にまで影響を及ぼし始めて、
でも、絶対、このままでは
絶望の淵に立たされ、不安に心押し潰されそうになっていたその時、不意に、誰かの来訪を告げる物音がした。私は覆い隠したままの面を上げ、指の隙間から戸口の方を覗き見た。見れば、部屋の出入口に、
男は、焦燥の滲んでいた顔をくしゃりと崩した後に、不恰好な笑みを浮かべて言った。
「主……っ、此れで
入室の是非を問答する間も無く、男は呆然と固まったままの私の目の前へドタバタと慌ただしい急ぎ足で歩み寄ってくると、此方の焦点が定まる前に膝を付いて、再び口を開く。
「コイツが有れば、もう何も心配しなくて済むんだ……!」
「……えっ…………?」
「専門の有識者からちっとばかし知恵を借りてな……時間は掛かっちまったが、此れで漸くアンタを悩ませる事柄全てから解放出来るかもしれねぇんだ! 既に散々色々試してきた中で期待も薄いかもしんねぇけど、一遍試してみねぇか? アンタの夢見の悪さを改善出来るかもしんねぇんだ! 此れが叶えば、今の不安定な体調も絶対ェ善くなる筈だからさ……! 試してみようぜ? 不安なら、俺がずっと一緒に付いててやるからさァ……っ」
目の前間近にある男の顔をぼんやり見つめて、何拍か遅れてぽつりとようやっと言葉を絞り出す。
「本当に…………? 本当に、もう、悪い夢を見なくて済むようになるの…………?」
恐々と震えた声で何とかそう問えば、男は手に持っていた大きな荷物を置いて、私を抱き締めて言った。
「あぁ……っ、今度こそ絶対にアンタを救ってみせるから…………一緒に頑張ろうな」
男が心から安心させるような心強い言葉をかけながら、顔を覆い隠していた両手を退けて、額を突き合わせてくる。間近で見つめてくる真っ直ぐとした金色の眼に、私はただ其れを受け入れて、疲れの滲む目蓋を閉じた。
もう何かに縋る以外に、生きる術を見出せなかった。だから、私は受け入れた。彼の言う、夢見の悪さを改善させる方法とやらを試す事を――。
執筆日:2023.06.12/公開日:2023.07.17