「新しい家族のカタチ」


「おい、俺も行く」
「オッ……オルタくん……オハヨォ……」

 私が――というか私とオルタが、絶妙なすれ違いの末奇妙な告白合戦をした次の日の朝。気まずさからいつもより早く起き早く支度をし早く家を出た、朝。朝ごはんもそこそこに家を出て少し早足で歩いていた後ろから、当事者であるオルタ本人が私を呼び止める声がした。

「今日は、早いね……?」
「一限だからな」
「そ、そっかぁ……」

 いつもならそんなこと関係なしに、起こしに行くまで寝ているくせに。
 ……いや、今にして思えばそれも、本当は起きられるのに私が起こしに来るまで待っていた……と、いうことだったりするのだろうか。

「……」
「…………」
「………………」

 ――ううん、気まずい。
 いつもなら、二人でなんでもないような話をして過ごすような時間ではあるが、昨日の今日でなんの話をして良いかもわからず、かと言って彼も自分から話を始めるようなタイプでもなく。
 駅までの道のりを無言で貫き通す……というのも中々苦しい。同じような居心地の悪さを彼も感じているのではないだろうか、と、後ろ隣を振り返ると――私の背を見ていたらしい彼と、がっつりと目があってしまった。

「……どうした」
「いや……その…………歩く時は、前見た方がいいよ……」
「そうか」

 そう言って、私もまた前を向いて歩き始める。
 というか、何でそんなに私の方を見ていたのか……いや、見ているのか。再び背中に刺さり始めた視線の熱を感じながら、私は小さく息を吐く。

 ……多分、それは今日に始まった事じゃなくて、前から、ずっとそうだったのかもしれない。私が……やっとそれに気がついたってだけで。
 いつも通りの距離で並んでいるはずなのに、妙に近く感じてしまうのも、きっと――

「……ふ」
「! ……な、なに?」

 珍しく彼が微笑んだ声が聞こえて、私は立ち止まりまた彼を振り返る。彼は、やけに満足そうな顔をしながら一歩私に近づいて――

「――意識されるってのは、悪くねぇな」

 と、私の耳元に口を寄せ呟いた。

「――――は、わ……っ」
「早く行くぞ」

 固まる私を追い越して、彼はずんずんと駅の方へと歩いていく。ずるい、なんでそんな、オルタばっかり余裕があるんだ。
 ……ずるい、あぁずるい、私はこんな、ドキドキさせられているのに――

「よう」
「っきゃあああああ!?」

 また後ろから声がする。そして肩を叩かれた驚きに思わず私の口からは悲鳴が飛び出た。それと同時に後ろの声の主からも「うわっ」という声が上がり、私はそれが誰なのか確かめるべく勢いよく振り返る。

「きゃ……キャスターさん……!?」
「おう、悪いな、驚かせたか?」

 なんで、ここに、と目を瞬かせる私に、彼は見慣れた四角い包みを差し出した。

「弁当、持たずに飛び出してったろお前ら」
「あ……すいません、あわてていて……ありがとうございます」

 受け取ったお弁当箱はまだなんだか温かい。恐らく出来立てなのだろう。

「わざわざ届けに来てくれたんですか? お忙しいのに」
「ん、まぁ、今日は時間あったしな……後は、からかいに?」
「誰を――」

 どすどすと乱暴な足音、先を歩いていたはずのオルタが、話していた私とキャスターを引き離すように間に腕を割り入れた。

「……近えぞ」
「っと、おいおい、そんな怒んなって……お前もほれ、持っていってなかったろ弁当」
「ちっ……別に、なければないで適当に買って食う」
「んなこというなよ折角作ってんだからよ」
「そうだよオルタ、勿体無いよ」

 威嚇するようにキャスターを睨むオルタの裾を、止めるように軽く引く。キャスターのお弁当は確かに男飯! ……という感じのメニューではあるが、毎朝起きてわざわざ私たちのために作ってくれているだけで充分ありがたいのに。
 もしかして、オルタは茶色いおかずは嫌いなのだろうか? 全然そうは見えないけれど。

「てめぇが一番厄介なんだよ」
「ほぉ〜? やっぱ昨日のあれは牽制も含んでたってわけか」
「牽制……?」

 睨み合う(というかオルタが一方的に睨んでいる)二人の間で、私は何が何やら……と双方の顔を見比べる。不服そうな顔をしたままのオルタと、やけに愉快そうな顔で笑みを浮かべるキャスター。正反対とも言える表情のまま、キャスターは私を見ながら一層その笑みを深くした。

「なぁに――こいつは、俺たちが嬢ちゃんと仲良くするのが心底気に入らないらしい」
「それって……っ、それは……その……」

 ――そういうこと、か? むすっとしたままの彼の顔を見上げると、「悪いのか」と何を言い訳することもなく言い切られてしまった。

「うぐ……いや、でも、そんな、牽制とかしなくたって…………私のことそんな風に見てるのはオルタくんくらいしかいないよ」
「……あー、なるほどな、これは確かにクギを刺しておきたくもなるわな」
「?」

 何を納得したのか、キャスターがそんなことを言いながら私の頬に手を添える。こんな話の後だ、流石の私も彼のそんな行動に緊張して息を呑んだ。

「俺としちゃ満更でもないけどなぁ? ……お前さんさえよければだが」
「おい」
「おーこわ」

 すり、と指の腹で私の肌を撫でるキャスター、その腕を掴み私から引き剥がし、オルタは一層怖い顔をして彼の兄を睨みつける。
 私はといえば、キャスターの言った「からかいに」という言葉を思い出し、そういう事かと一人納得して手を叩いた。なるほどこれは確かに「一番厄介」と言われもするだろうなこの長兄。

「――何してんだ、お前ら」
「は……え? ランサー……さんと、プロトくん……?」

 そんな中、なんと残りの二人も登場。何してんだはこちらのセリフなんですが。

「バイトに行く途中」
「朝練代わりのロードワーク」

 二人同時にしれっとそんな嘘をつく。私知ってるんだ、ランサーさんの今日のバイトは午後からだし、プロトくんはそもそも歩いてきたのにロードワークもなにもない。

「……もしかして、暇なんですか、みなさん」

 ははは、と空笑いが一つ、気まずそうに逸らされる視線ふたつ。オルタはさらに不機嫌そうな顔をしながら、他の三人を振り払うように私の腕を引いて歩いた。

「あ……おい、待てって」
「うるせぇ」
「大人気ねぇぞ!」
「うるせぇ」
「ははは、いやー朝から面白いもん見れたわ」
「……うるせぇ!」

 ランサーの静止もプロトの抗議もキャスターの揶揄も振り切って、彼は早足でずんずん歩いていく。その横顔は確かに怒っているようでもあったけれど……どちらかと言えば、拗ねている、みたいな顔で、そんな顔は初めて見るな――と思うと、正直少し、微笑ましくもあった。

「っていうか、本当に何しにきたんだろ、あの人達」
「知るか」
「……じゃあ、なんでそんなにむすっとしてるんだろ、オルタくんは」
「……わからんならわからんままでいい」

 アイツらにだけは絶対譲らねぇ、と呟いた彼が強く私の手を握る。それもまた、なんだか可愛らしくて、私は思わず微笑んだ。

 ――彼の好きと私の好きは違うかもしれないけど、今はまだ、このままで。

 ひとまずは――彼と、彼等と、「家族」として――改めてここから始めていきたい、と、そう思った。