ぷらすわんっ!
「わたしの家族がまたふえた!?」


 ――ある日、彼らの叔母であるところのスカサハさんが、一人の少年をうちへ連れてきた。

「そういうわけだ、しばらくこやつを頼む」
「いやどういうわけだ!」

 大声を上げたのはランサーだった。他の三人はそれぞれ、諦めたような顔だったり、そもそも興味がなさそうだったり、心なしか少し嬉しそうな様子だったり……それでも皆この突然の事態を、当然のように受け入れているようだった。

「どういうわけもなにも……仕事だ、説明しなければわからんか?」
「わかんねぇよ……しかしまぁ、なら仕方ねぇか」

 はぁ、とため息を一つ吐いたランサーも、どうやらそれだけで全て納得したようで、「遠出すんならお土産よろしくな」なんて言いながらポリポリと頭の後ろを掻いている。

 そうなると、この場において未だに混乱しているのは私だけということになりまして。

「――…………」

 ふと、スカサハの後ろに立っていた少年と目があった。

 ……燃えるように赤い瞳、光を受けて煌めく青髪、幼さの残る顔は万人が万人に整っていると評されるだろうと思える少年……そんな顔を、私はよく知っている、ような。
 毎日見ている、ような――というか、今目の前に四つほど並んでいる、ような……

「…………えっ、もしかして――本当は五人兄弟だったんですか……?」
「ちげぇよ、従兄弟だ従兄弟」

 いとこ、ということは、親の兄弟姉妹の、子供で、えぇと、親の兄弟姉妹は、叔父と叔母、だから……

「えっ!? じゃあスカサハさんの息子さん!?」
「ンンッ……! ち、ちげぇよ……んなわけ、」

 笑いを堪えきれないという様子で肩を震わせたランサーが、言葉の途中で地に伏した。何が起こったのかはよくわからないが、なるほど、多分スカサハを怒らせてはいけないという兄弟の共通認識はこういうところから来るのだろうと私も口をつぐむ。

「残念ながら違うな、しかし訳あって儂が育てている――ほれ、自己紹介くらいせんか」

 背を強く叩かれ、つんのめるようにしてその少年が私の前へ出る。子供扱いすんなよ、と眉間に皺を寄せはしたものの、反抗するつもりはないのか、初対面である私の顔をじっと見つめていた。

「あんたが、スカサハが言ってた新しいキョーダイ?」
「あ、うん……そう、です」

 背丈から言って中学生くらいだろうか……明らかにこの中で一番年下であると思われる彼だが、親代わりであるところのスカサハを呼び捨てにするような堂々たる様子に私の方がついつい敬語になってしまう。

 彼はそんな私の瞳を覗き込んだ後、満足そうに頷いてから、花が咲いたかのような笑顔を浮かべ、私に右手を差し出した。

「俺はセタンタ! よろしくな、ねぇちゃん・・・・・!」
「……っ!」

 ――その一言で私は、彼の弟力に落ちてしまったのである。
 


 
 
 そして、彼、セタンタがうちに来て一週間――

「なぁおい、流石にあいつのこと甘やかしすぎだろ」
「え?」

 じゅわ、と、焼けるお肉のいい匂いが漂う中、不機嫌そうな顔でランサーがそう言った。

「そんなことは……」
「いや、あるだろ……お前、ハンバーグこれで何度目だよ」
「えっと……」

 たしかセタンタが来た当日にハンバーグを作って……「これ好きだ!」とニコニコ笑顔のセタンタに「また食べたい」とせがまれて……だけど二日連続同じメニューは流石になと思って……一日置いてまた作って……それで…………

「――四度目だっつーの! 一週間で! わかるか!? 二日に一度食ってんだよ!!」
「そっ……んなに、作ってたっけ……?」

 そういえばそうかも、と私はランサーから視線を逸らす。そしてその先には、何も言わないながらもやはり不服そうな顔のオルタが立っていた。

「そうだよ! ……ったく、キャスターがあの調子で飯当番を買って出てくれたのはありがてぇがよぉ……」

 あの調子、というのは――あの調子だ。もはや開かずの間と化した彼の部屋から時折聴こえてくる唸り声のようなものを思い出し、私も短く息を吐く。
 どうやら仕事でしばらく遠出するスカサハ(担当編集)に結構な量の仕事を言い渡されたらしく、それに連日頭を悩ませているようだ。

 ……もう少し休んだ方がいいような気もするが、「出来ていなければ、殺す」と言い残して去った彼女の顔を思うと、私は黙って家事の当番を代わる事しかできなかった。

「いい匂いだなー!」
「セタンタくん」

 ハンバーグが焼ける香りに釣られてきたのか、プロトとゲームをしていたはずのセタンタがキッチンに顔を出す。その後ろにはプロトも立っていたが、ランサーやオルタと同じように、複雑な表情を浮かべていた。

「もう少しで焼けるから、ちょっとだけ待ってね」
「おう! あ、俺手伝うぜ! 皿とか出しとく!」
「ほんと? ふふ、ありがとう」

 他の兄弟たちよりも背が低いながらも(と言っても私と同じくらいなのだが)背伸びをして戸棚の中のものを取ってくれている様子は、「お手伝いをしてくれる子供」と言った様相に他ならず、私はついつい頬が緩んだ。勿論他三人が手を貸してくれることだってあるのだが、それとはこう……なんだか少し心持ちが違うというか。

「じゃあ、先に付け合わせだけ乗せておいてくれる?」
「おう! ……げ、にんじんか……」

 別に用意されていた野菜の入ったボウルを見て、セタンタはその可愛らしい顔を顰めて見せた。どうやら彼はその橙色の根菜が苦手らしく、初日から難しい顔でそれを口へ放り込んでいたのをよく覚えている。

「いっぱいとは言わないから、ちょっとだけでいいから食べてね? 自分のだけ少なく盛ってもいいからさ」
「んん……あんまり食いたくねぇんだけどなぁ……」

 むぅ、と唇を尖らせながらも、素直にお皿に盛り付けるセタンタを見て、私は緩んだ表情のまま「えらいね」と数度頷いた。……ちょうどメインもいい焦げ色になってきたので、それも一緒に盛り付けて、六人分の皿を今のテーブルの上へと運んでいく。

「ランサーさん、ご飯よそってくれますか? オルタくんもお味噌汁お願い。プロトくんは冷蔵庫からサラダのお皿出してもらえる?」
「……おー」
「…………ちっ」
「ん、おお……」

 三人分の微妙な返事を聴きながら、私は階段の下からキャスターの部屋に向けて「ご飯できましたよぉー!」と彼に声をかける。返答の代わりに、ガタン、という物音が聴こえてきたので、恐らく降りてはくるのだろう、多分。

「うまそ〜」

 キラキラと瞳を輝かせるセタンタが微笑ましくて、私の頬はまた緩む。キャスター以外は揃っているし、先に食べてようか、と言って私達は手を合わせた。

 人数分の「いただきます」という挨拶の後、各々は思い思いにご飯を口に頬張りはじめる。私はまずはハンバーグから……うん、美味しい。ここの家に来てから大分料理の腕は上達しているという実感が改めてわいてきた。

「……」
「……? セタンタくん、どうしたの?」

 彼はハンバーグのお皿を前に、じっと固まったまま動かない。何を見ているのかと思えば、どうやらちょこんと乗せられたにんじんを凝視しているようだった。

「……なぁ、ねぇちゃん」
「! う、うん? どうかした?」

 ねぇちゃん、という呼び方にキュンとする胸を抑えながら、隣に座るセタンタに微笑みかける。

「あのさぁ、やっぱ俺、これあんま好きじゃなくて……――だから、ねぇちゃんがあーん≠オてくれたら食える気がするんだけどよぉ……」
「え」

 驚いて固まる私と、何故か私よりさらに驚いてむせている向かいのランサー。プロトが目を瞬かせているのも視界に入ったが……セタンタと逆隣に座っているオルタの顔はちょっと見られなかった、なんだか、背中に感じる視線が怖くて。

 流石に、それは、恥ずかしいな――と、戸惑う私に、彼は上目遣いで小首を傾げ――

「だめ、か?」

 ――と。

 そんな、そんな可愛い顔で、そんな可愛いお願いをされては、私は――私は――

「しょ…………しょうがないなぁ…………?」
「まてまてまてまて!!」

 私の理性が歳下への庇護欲に負けたところで、また、ランサーが声を上げる。なんだよ、と頬を膨らませたセタンタが彼を振り返ると、ランサーは今にも立ち上がりそうな剣幕で、「甘やかしすぎだって言ってんだろ!」とセタンタと私の二人に何やら抗議をしていた。

「そもそもお前、別に好き嫌いなんかなかっただろうが!」
「最近嫌いになったんだよなー」
「んなわけあるか! お前こいつに甘えたいだけだろ」

 こいつ、と指さされたのは私。それは流石に考えすぎでは? というか、別に中学生なんだし、姉(のようなもの)に甘えたっておかしくないのでは?

「飯だけじゃねぇぞ、お前、この前チビと約束があるからとかなんとか言って大学にオルタ置いて先帰ってきたろ! あの日のあいつのしょげた顔といったら……っでぇ!」
「余計なこと言ってんじゃねぇ」
「――おーおー、元気だな、お前ら……」

 ぎゃーぎゃーと騒がしくなってきた食卓に、やつれ顔のキャスターが下りてくる。長く長く吐かれたため息に少しは落ち着くかと思いきや、ランサーは相も変わらず大きな声で「キャスター、お前からも言ってやれ!」とテーブルをトントン叩いていた。

「お前だって連日同じメニューはいやだろ」
「あー……いや、別に」
「別に!?」

 空いていた席に座り、小さく、いただきます、とつぶやいて早速問題のハンバーグに箸を伸ばす。大きく口を開けてそれを頬張り、数度咀嚼し飲み込んだ後に「ん、やっぱうめぇな」と言ってもう一欠片放り込んだ。

「……美味いのはわかるけどよ」
「ならいいだろ――そもそも、作ってもらった飯に文句を言うような男に育てたつもりはなかったんだがなぁ」

 徹夜明けにも近い形相でキャスターがランサーを睨む。まぁ彼はその程度で怯むような人でもなかったが……見た目に反して礼儀のしっかりしているこの兄弟たちだ、キャスターの言うことに一理あると感じたのか、眉間に皺を寄せながらぐっと黙り込んでしまった。

「……で、チビ助、お前にんじん嫌いだってか」

 チビ助と呼ばれたセタンタは不服そうにしながらも「それがどうした」と長兄であるキャスターを睨みつけた。

「いいや? 別に――なら、その苦手なにんじんも食べられるように、お兄ちゃん・・・・・があーん≠オてやろうかと思ってよ」
「いっ……! いい……じ、自分で食う……」

 ずいっ、と、セタンタの前にキャスターが箸でつまんだオレンジ色のそれを差し出した。……すごい気迫だ、こう、目が据わっているというか……機嫌が悪そうというか……

 ……多分、うるさくて集中できなかったとか……そういうことなんだろうなぁ……

 そんなことを思いながら私は自分のご飯に箸を伸ばす。謀らずもキャスターの有無を言わせぬ全方位への威圧で、今夜の食卓の平和(?)は守られたのであった。
 
 


 
 それからまた一週間、とうとう、スカサハが帰ってくる日になった。

「こやつが世話になったな!」

 セタンタと、ついでにキャスターから原稿を引き取り、満面の笑顔でそう言って笑うスカサハ、対照的にセタンタは少し落胆したような表情で瞳を伏せていた。

「なに、大人しいもんだったぜ・・・・・・・・・・?」

 目だけは笑っていないままのキャスターが「なぁ?」とセタンタに声をかける。……それも仕方ないのかもしれないけど。

 あれからご飯についてはもう少し他のみんなの意見を聞くということで落ち着いたが、他にもセタンタが「一人で寝られない」と言い出したり、「一緒に風呂入ろうぜ」と言い出したり……まぁ……てんやわんやであった。

 その度にオルタと……それからランサーとプロトがセタンタを止め、騒がしくなった頃にキャスターが「静かにしろ」と私を除く全員を叱りつけ……それの繰り返しだったのである。

「……セタンタくん、どうかした?」

 そんなキャスターはともかくとして、何故か元気のないセタンタの様子が気になり、私は彼の顔を覗き込んだ。

「……帰りたく、ねぇ」

 頬を膨らませる彼はただの駄々っ子のようで、彼に弱い私はついつい「じゃあ帰らなくてもいいのでは?」なんて言いそうになるのを堪え、「どうして?」と彼に問いかけた。

「だってスカサハよりねぇちゃんのメシの方が美味いし、何より優し――いでぇっ!」
「――何か言ったか? セタンタ」
「なっ……なんでもねぇ……」

 言葉の途中でスカサハのゲンコツが彼の頭に落ちる。……痛そうではあるが、地に伏すまでではない以上、多分、ランサーやキャスターにやるよりは手加減しているのだろう、多分。

 痛む頭を手で押さえながら、見たことないほどしょんぼりとしてしまったセタンタに、優しい姉が大切な弟にそうするように、私は親愛を込めて微笑みかけた。

「セタンタくん、もしセタンタくんが良ければ、また遊びにきてね。……一緒過ごすの、私も楽しかったから」
「……! おう!」

 跳ねるように顔を上げ、ぱあっと瞳を輝かせたセタンタが大きく頷く。可愛いものだ、オルタやプロトが可愛くないわけではないが……それとこれとは、やっぱり別というか。歳が離れている分、愛おしさが倍増してしまうというか。

「なぁ、ねぇちゃん」
「うん?」

 ちょいちょい、と手招きをするセタンタに顔を寄せる。すると、彼は私の耳元で、私にしか聴こえないよう小声でこんなことを言い出した。

「――俺が大人になったらさ、ねぇちゃん、俺の嫁さんになってくれよ」
「ん……? 嫁さん、って……え、えぇっ!?」

 ――最近の中学生って、こんな……こんなマセてるのが普通なのか……!?

 驚いて身体を引く私に、彼は変わらぬ笑顔で――心なしか、少しだけ頬を染めて――いいだろ? なんて言って首をかしげる。

「い、いや……えっと……それは……」
「ダメなのか? ……俺のこと嫌いか?」
「そ、そうじゃないけど……っ!」
「なら――」

 彼の手が私へ伸びる。それを拒絶することもできず固まる私の肩を――背後に立つオルタが、強く引き寄せた。

「いい加減にしろ、こいつは絶対にやらん」
「っふぁ!?」

 耳元でそんなオルタの声がする。怒気を含むような低い声に、彼が私を「好きだ」と言った時のことを思い出し、彼に抱きしめられているような体勢も相まって私の頬は沸騰しそうなほど熱を持ち始めた。

「おっ……おる、おるたくんのものになった覚えはないんだけど……っ!?」
「! ……そうだよな〜、嬢ちゃんは俺のだもんなぁ?」
「あ?」
「はぁ!?」
「きゃっ……!? キャスターさんまで何を……!?」

 必死に言葉を絞り出す私を見て、何故かキャスターさんは悪ノリを始める。そしてこれまた何故か、オルタだけでなくランサーとプロトまでもが驚嘆の声を上げた。

「おまっ……まてキャスター、お前いつの間に手ぇ出してんだ!?」
「嘘だろ、手が早えとは思ってたがまさか姉貴にまで……」
「ち、ちがっ、何もない! 何もないから!!」
「何もねぇなら俺が貰ってもいいんだろ? なー!」

 慌てふためく私と、何故か私の争奪戦を始めてしまった四人……プラス、一人。いっそうドタバタと騒がしい家になったようだが――賑やかで、退屈なんてしそうになくて――これはこれで、悪くはない。

 私は義弟オルタの腕の中で、みんなには気づかれないよう、はにかんだ。