「デートみたいだ」なんて言ったら、
どんな顔するんだろうか


 ある休日の事だ。私が出掛けようと靴を履いていた矢先、ぴんぽん、とようやく聴き慣れたチャイムの音が鳴り響いた。来客の予定なんてなかったはずなのに……と思いながら、私はモニターを確認するより先に玄関の扉を少し開く。

「はい——っと、きゃっ……!」
「ねーちゃん!」

 ひさしぶりだなー! という声が聞こえるのが先か、腰のあたりに衝撃が走るのが先か……といったところで、私は私に抱きついているその声の主の名前を呼んだ。

「せ、セタンタくん……?」
「おう!」

 目の前で、にぱー! っと満面の笑みを浮かべているのは従兄弟のセタンタだ。なぜこんなところに、と困惑していると、彼は私から身体を離し、人懐っこい笑顔はそのままに言葉を続けた。

「姉ちゃんに会いたくて来ちまった、……迷惑だったか?」
「迷惑なんて! そんなこと……」
「ほんとか? よかった!」

 やけに上機嫌な彼は、外行きの格好をした私を頭のてっぺんから足の爪先まで見下ろした後、「何処か行くところだったのか」と少しだけ表情を曇らせる。

「うん、買い物に……あー、どうしよう、他のみんなも今日は家にいなくて……」

 セタンタはしっかりしているとはいえ、中学生にたった一人で留守番させるのもいかがなものか。私がそう頭を悩ませていると、当の本人は相変わらずニコニコしたまま「なら俺も行く!」と私の手を握った。

「えっ……で、でも、つまらないかもしれないよ」
「いい、あんたと一緒にいれるならそれでいい」
「……! そ、そっか……わかっ、た……」

 真っ直ぐな瞳でそんなことを言われてしまい、私は恥ずかしいやら何やらで、思わず顔が熱くなった。
 


「……つ、つまんねぇ〜……」
「あはは……だから言ったのに」

 大型のショッピングセンター内、三軒目のお店——無印雑貨店で、ついに彼が大きくため息を吐いた。その手に持っているのは最初に行った書店の袋、それから、二軒目のドラッグストアの袋も。それらは私の買った物なのだが、彼が荷物持ちを買って出てくれたのでそれに甘んじているわけだ。

「買い物っつーから、てっきり姉ちゃんの個人的なもん買いに行くのかと思ってたんだよ……」
「それは残念、だったね……?」

 買っているのは生活に必要な細々としたものばかり、それも、すでに何を買うか決まっているような。

 書店で講義に使うルーズリーフと、プロトのノートの予備を購入。ドラッグストアでは私用のいつものシャンプーと、ハンドソープ、あとついでにオルタとランサーの歯ブラシも替え時だったはずなのでそれも。
 そしてここではお気に入りのアロマオイルを、二つ。……キャスターが前に、良い香りだなと言っていたので。

「あいつらの買い物ばっかじゃねーか」
「つっ……ついでだよついで! 自分の買い物があって来ただけだし……」

 実際頼まれたわけではなく、そういえば、という程度のものだ。それでもセタンタはそれが何故か気に入らないようで「姉ちゃんをパシリに使うなんてよぉ」と唇を尖らせていた。

「せっかくこんなでけぇ店に来たんだし、なんかもっとねーの? ……スカサハはよく連れ回してくるぜ、荷物持ちに」
「ん〜、想像つくなぁ」

 数々のブランド店を渡り歩くスカサハと、その後ろを紙袋や箱を持たされてついていくセタンタ……うーん、容易にその姿が思い浮かぶ。というか、多分あの四兄弟も同じ経験がありそう、なんだか似合う。

「あ、そうだ! ならさ、俺が姉ちゃんになんか買って贈るぜ!」
「なんッ……!? なっ、なにを言ってるのセタンタくん!?」

 中学生こどもであるところのセタンタにそんなことを言われてしまい、私は思わず大声を上げる。店の中であることを思い出してハッと両手で口を塞ぐと、彼は可笑しそうにまた笑った。

「実は俺、たまーにスカサハの仕事の手伝いしてんだよなー。それでよ、いくらか駄賃も貰ってんだ、相応の報酬? とかなんとか言ってよ」

 だからといって未成年相手にたかるなんてこと出来るわけもない。私は口を押さえたまま左右に首を振ってはみるが、彼は気にする様子もなく、満面の笑顔で空いた私の手を握った。

「んで、何が欲しい? 服か? アクセサリーか? なんでもいいぜ!」
「い、いい……! 要らないってば!」
「遠慮するなって! ……好きな女への貢ぎ物は惜しむなとも言われてるからな」
「す……っ!?」

 オルタといいセタンタといい、どうしてこう明け透けなのか。彼等はどうやら海外の出身のようだし、お国柄とか、そういうやつか? だとしても私は生粋の日本人だ、こう……お手柔らかにお願いしたい、切実に。

「んんっ、と、とにかく、欲しいものもないから……」
「…………」
「………………えっと……」

 その真紅の瞳で見つめられるとどうにも弱い。買い与えると言っている側の彼がどうして、と疑問に思うくらい悲しげに眉を下げているのもどうにもバツが悪い。
 一体どうしたものか……と考えたところで、ここに来たすぐに彼が目を奪われていたモノのことを思い出し、私は「じゃあ——」と彼の手を引いて階段を小走りで駆け降りた。
 
「……これって」
「うん、アイス。甘いものが食べたくなっちゃったから」

 ショッピングセンター入り口にあるアイスクリームのお店。彼が先程そのショーケースをじっと見ていたことに、私は気づいていた。
 荷物持ちのお礼にでも買って帰ろうかと思っていたが……彼が私に何かを与えたいと思っていたのなら、これくらいがちょうどいい。

「俺が言ってんのはこういうのじゃなくてよぉ……」
「なんでもいいって言ったのに?」
「う……」  

 発言の揚げ足を取るのは申し訳なかったが、そういうと彼は閉口した。さすが、あのスカサハに育てられているだけある、男に二言はない、のだろう。

「さ、セタンタくんはどれにする? 私はいちごにしようかな」
「……チョコミント」
「大人だね」

 カップのシングルを二つ、受け取ってから近くのベンチに座る。荷物から手を離した彼に片方を渡すと、彼は不服そうにはしながらもそれを受け取ってスプーンに口をつけた。

「おいしいね、これ」
「ん……そうだな」

 まだ納得はしていないようだが、それでもやはりアイスの美味しさには敵わなかったのか、少しだけ頬が緩む。そういうところは年相応で可愛らしいものだ、と思わず笑みをこぼすと、彼が私をじっと見ていることに気がついた。

「セタンタくん?」
「あ、いや、なんでもねぇ」
「……もしかして、こっちの味も気になる?」

 よければ一口あげようか、と提案すると、彼は「いいのか!?」と顔を輝かせる。それもまた微笑ましく思いながら、どうぞ、とカップを差し出そうとすると、彼が大きく口を開いた。

「あ」
「ん?」
「あー」
「……んん?」

 これは、つまり——食べさせろ、と?

「……」
「あ」

 固まる私に桃色の頬で口を開けたままのセタンタ。……これはどうやら彼は引く気はないようだ。

「あ……あーん」

 観念した私がスプーンで救ったアイスを彼の口へ運ぶと、彼は心底嬉しそうな顔でぱくりと口を閉じる。うめぇ! とニコニコしている様子はやはり可愛いもので、多少の恥ずかしさはなんだかどうでも良くなってしまった。

「俺のも食うか?」
「うん……あ! や、やっぱいい!」

 首を縦に振りかけて私はハッと我に返る。そんなことをしてみろ、きっと今度は彼が私に「あーん」をしてくるに決まっている。……自宅ならまだしも、往来でそんなことを続けるのは、やはりその……よくないだろう、青少年保護育成条例に引っかかりたくもないし。

「あ、そうだ……アイスのお礼に、何かして欲しいこと、ある?」

 話題を変えようとそんな質問をすると、彼は「礼なんていい」と言いながらアイスを口いっぱいに頬張った。そうはいかない、と私が少し頬を膨らませて見せると、彼は困ったように眉根を寄せる。

「俺がしたくてしたんだぜ」
「でも、もしセタンタくんが奢られる側なら、きっとお礼はするでしょう?」
「う……まぁな」

 しかし、と腕を組んで考え始めたセタンタを見つめながら、私も最後の一口を味わった。うーん、うーん、と悩んだ末に、彼は何故か少し気恥ずかしそうな表情をして、「なら」と小さく声を出す。

「……また、姉ちゃんの作った飯が食いてえ。……だめか?」
「! ……ふふ、いいよ。何が食べたいの?」
「……オムライス」

 ちょっと子供っぽかったかな、と、バツが悪そうに目を逸らす彼に、私は堪えきれずまた笑いを溢した。彼も釣られるように笑ってから、私たちは揃って椅子から立ち上がる。

「じゃあ、夕食の材料も買いに行こうか」
「おう!」

 彼が片手を空けて、私に差し出した。何を疑問に思うこともなくその手を取って——そのことに気づいてまた私が赤面するのは、そのすぐ後の話。