次の日、舐めていた飴を
弟に揶揄われる話


「いやです」
「なんで」

 絶賛キスチャレンジ連敗記録更新中の俺。こいつは義理の妹、兼、俺が今狙っている女である涼。いやはやこれがなかなかどうして俺になびかないもので、今日も今日とてコナをかけている真っ最中だ。

「なんでも何も、私とキャスターさんは義理とはいえ兄妹だからです」
「兄妹でも親愛のキスくらいするだろ」
「異議あり、キャスターさんのは確実に下心が含まれています」

 えー、と不服を漏らす俺の顔を涼が片手で押し返す。……そのまま指の間でも舐めて困らせてやろうか、とも思ったが、そんなことをしてオルタにでも泣きつかれ後日さらに警戒が強くなってしまうのは厄介だ。俺はその手のひらに軽くキスをするだけに留めておいた。

「俺からも異議ありだ、俺はそんなフシダラな気持ちでお前にキスしようとはしてねぇぞ」
「嘘です」
「嘘じゃねぇし名誉毀損だなー」

 むぅ、と頬を膨らませる顔もまた可愛い。その頬を突きながらニヤニヤと笑っていると、彼女はさらに「異議あり!」と言ってその手を払い除けた。

「キャスターさんが下心を持っていることが証明できないように、下心がないことも証明できません、そんな不確かな状況で事に及ぶのは許容できません!」
「けちくせぇな〜」
「け……ケチとかそういう問題じゃないです! ……そもそも、本当に下心がないって言えるんですか? その……キャスターさん、私の、こと」

 好きって……と、言いながらどんどん頬を赤くして俯く彼女。——いやぁ、初心も初心、可愛らしいことこの上ない。

「そうだな、好きだぜ」
「! ……ほ、ほら! じゃあやっぱり下心だってあるんじゃないですか!?」
「黙秘権を行使すんぞー」
「う、うー!」

 キスができない代わりにと、彼女の腰を抱き寄せる。細すぎず太すぎず、程よく肉のついたその身体はなるほどとても抱き心地が良い。

「はな……離してください、訴訟です!」
「何罪?」
「いもうとに対するセクハラで強制わいせつ罪です!」

 いやいやと身体を揺するようにして俺から逃れる涼、そういうのが更に俺を煽ってることは理解してないようだ。

「……はぁ〜つれねぇなぁ、ちょっとくらい良いだろ」
「だめです! ……やだ! 顔が近い!」
「むぐ」

 今度は両手で俺を押し返す。一体何がそんなに嫌なのか、ため息混じりに「んな照れんなよ」と言って彼女の額に口を寄せた。

「う……! 照れるとかじゃなくて——その、キャスターさん、タバコ臭いんですよぅ……!」

 それにすら不快な表情を見せる彼女がそう言うのを聞いて、流石の俺も動きを止める。俺が「たばこ?」と聞き返すと、彼女は少し気まずそうに小さく首を縦に振った。

「正直、服とかからもするんですよタバコの匂い、吸ってる人気づかないんでしょうけど」
「……い、いや、ランサーのじゃねぇか? 俺のはそんな強い匂いするやつじゃ……」
「キャスターさんのです、間違いません」

 彼女を抱いていた腕の力を弱めると、彼女は少し俺から離れて気まずそうに目を逸らす。マジか、マジでそんな匂うのか、俺。

「ちょっと待て、ならあれか? 俺がタバコ止めればキスは受け入れてくれるわけか?」
「そっ……! そういう訳じゃないですけど——……でも…………考えるくらいなら……してあげます……っ」

 それだけ言い残して真っ赤な顔のまま、彼女は走り去った。

「——それってもう大分、脈アリなんじゃねぇのかよ……?」

 同じように自分の頬も熱を持っていることには気づかないフリをして、俺はポケットの中にある煙草を箱ごと握りつぶした。