夏影テールライト


 六月二十二日、夕食時。
 食卓に並んだ、普段よりも一段と豪華な数々のご馳走、そして浮かれた人間が数人。彼等は満面の笑顔でグラスをぶつけ合う。

「「かんぱーい!」」

 特に浮かれた二人が声高に音頭をとる。私を含めた残りのみんなも、それぞれに乾杯の掛け声を口にして、手にしたグラスに口をつけた。

「……っはー! これだよこれ!」
「いつも飲んでるのと変わんねぇだろ」
「気分がちげーんだって、なぁプロト!」
「いてっ、叩くなよランサー!」

 和気あいあいと……というとオルタは嫌がるかもしれないが、とにかく一緒に酒を飲み、飯を食い、どんちゃん騒ぎに興じる三人。アルコールのせいもあるのか、普段よりも上機嫌でさらに賑やかだ。まぁ、プロトだけはソフトドリンクなので素面ではあるのだが。

「いや〜おめでとう俺ぇ! そんでお前ら! 今日は一段と酒がうめぇな〜!」
「あはは、飲み過ぎは注意ですよ」
「わーってるって!」

 ランサーが浮かれに浮かれるのも仕方ない——なにせ今日は、彼等四人・・の誕生日なのだから。
 


 ——しばらくして。

 用意したご飯もつまみも尽きかけて、開けた酒瓶も缶も数え切れず。一番の酔いどれであるランサーはもはや誰も止められないほどのハイテンションになっており、隣で同じようにゲラゲラと笑っているプロトも場酔いをしているのか微かに頬が桃色になっている。オルタは眠気の限界に負け、もうほぼほぼ寝ているような状態だ。

 私が彼等の誕生日を知ったのは数日前、「そういえば今年はどうするよ」なんて話をし始めたランサーに、なんの話かと聞いてみれば、なんと、もうすぐ誕生日なのだという話ではないか。
 しかも、兄弟揃って。

(そんな珍しいことあるんだ)

 そんなわけだから、毎年この日には盛大にパーティーをしているらしい。……大人になってからは控えめになったと言ってはいたが、それでも私からすると充分賑やかだ。

「……ふぅ」
「よ、お疲れさん」
「あ、キャスターさん……」

 少し風にあたろうと居間の窓から外に出る。するとそこには、いつの間にか姿を消していたキャスターがタバコを片手に佇んでいた。

「騒がしかったろ」
「あはは……楽しそうでよかったです」

 ちらりと後ろを振り向くと、相変わらずの三人が目に入る。どうやら誰もこちらに気づく様子はないようだ。

「……ふー……」

 よくよく見るともう片方の手にはビールの缶、なるほど、彼はどうやら一人でここで飲んでいたらしい。
 ……もしかして、邪魔をしてしまっただろうか。

「えっ、と……全員同じ、なんて、奇跡的ですね」

 気まずさを誤魔化すように、当然と言えば当然の感想を口にする。彼はこちらを見ることもなく、どこか遠くをぼうっと見つめたままゆっくりと瞬きをした。

「……あー、本当はな、俺だけはちげぇんだわ、めんどくせぇから一緒ってことにしてるけどよ」
「……? そう、なんですか……? それは……」

 なぜ? と、聞き返しそうになって慌てて口を塞いだ。面倒だからそうした、と彼が言うなら、きっとそうなのだ。……例え、それ以外の理由があるような、そんな気がしたとしても。

「俺と叔父貴しか知らねぇ話だ」

 私が何も聞かなかったからか、彼はそのまま話し続ける。

 彼らの両親について私は詳しく知らない。どうやら叔父貴と呼ばれているフェルグスは実父ではないということ、叔母のスカサハも血の繋がりがあるわけではないことはなんとなく知っているが、それだけだ。……もちろん、彼等四人が実の兄弟であろうことは疑いようがないほどそっくりなわけだが。

 だから、「知っているのがフェルグスとキャスターだけ」というのも少し、不思議ではあった。保護者であるフェルグスが知っているのは理解できるが、何故、弟たちにもそれを伝えはしなかったのだろうか。

 それに、

「なんで、私には教えてくれたんですか?」

 本当に、不思議だ。
 だって私は一番の新入りで、そんな大切な秘密、教えてもらえるような身分でもないような気がするのに。

「……なんでかねぇ…………なんでだろうなぁ……」

 細められた目、その横顔はどこか郷愁の念を思わせるような寂しさがあり、ため息と共に唇から吐き出された紫煙から、何故か目が離せなくなった。

 風が吹くと、煙草のに混ざって微かなお酒の匂いがする。……大人、とは、こういうことを言うのだろうか。なんとなく、そんなことを考えて胸がきゅうと切なくなった。

「キャスターさんがモテる理由、ちょっとわかった気がします」
「お?」
「人当たりがいいとか、そういうのもありますけど……ちょっとミステリアスっていうか、謎があって……それが知りたくて、惹かれちゃうんです」

 気さくに隣人の肩を叩く人であるのに、もう少しだけ知りたいと思えば決して踏み込ませないような。
 そのくせ、ちらりと尻尾だけは見せてみたりして、捕まえて欲しいみたいな顔をしてみたりもして。

(追いかけてみたくなる)

 追いかけて……そして捕まえて、全部知ってみたくなる。誰にも踏み込ませなかった腹の内を、自分にだけ暴かせて欲しくなる。

 ……もしこれがわざとだというなら、やっぱり彼はそうとう、策士だ。

「…………あんたはそういうの、なさそうだなぁ」
「そういうの……?」
「人に隠してる、謎」
「む、それは……惹かれるところがないってことですか」

 ははは、と笑いながら彼がようやく私を見た。目が合うなんて思ってはいなかったので、少しだけ、ドキリとする。

 優しい瞳だ。親しい家族にそうするように、愛しい人にそうするように、彼は柔らかな声で続ける。

「いや……全部見せてくれるもんだから、全部知ろうとしちまって——いつの間にか、目が離せなくなっちまう」
「そ……そう、です、か」

 それは——つまり——……なんてことは、言えるはずもなかった。聞いてしまえば何かが変わってしまうような、ただの可愛がられている義妹では居られなくなるような、そんな気がして。

 あぁ、でも——私は貴方を暴きたくて、貴方は私を知りたいのなら——きっとそれは——

「……キャスターさんの本当の誕生日、いつか教えてください」

 ふい、と、私は彼から視線を逸らす。先程までの彼がそうしていたように遠くの方を見つめていると、彼が「なんでだ?」と楽しげに声を弾ませた。

「ちゃんと、お祝いしたい、から……」
「……ふ、そのうち、な。……夏でも、夜は流石に冷えるな」

 中入るぞ、と、彼が短くなった煙草を灰皿へ押し付ける。私は「うん」とだけ返事をしてその背を追いかけた。

 今はまだ、少しだけ。

 でも少しずつ、彼に近づけたのなら——そんな思いを、そっと胸に抱きながら。