「どうしてこうなったんでしょうか?」


「いやぁ、見事なもみじが咲いたもんだな」
「うるせぇ」

 同じ顔が二つ……いや、実際は他の二人も似た顔ではあるのだが、それでも特にこの――長兄キャスターと、次兄ランサーの顔は瓜二つだった。

「紹介が遅れてすまなかったな、こいつが二番目のクー・フーリン、通称ランサーだ」
「……どうも」
「……おー」

 養父が豪快に笑いながら紹介してはくれるが、私たち二人の間に流れる空気は重い。それはそうだ、今日から同じ家に住む義理の兄と、あんな最悪の初対面を迎えてしまったのだから。

「ランサーが悪かったな……さっきまでバイトに行っててよ、あんた達が来てるのを伝え損ねてたんだわ」

 キャスターさんがそう言って、温かいお茶を出してくれた。お礼を言ってそれを受け取り、ひとくち口に含んでから、目の前の男をじっと見る。

「…………悪かったって」
「いえ……」
「いやー! しかしなんだ、ま、得したってことでいいじゃねぇかランサー! 平手打ち一発で可愛い女の子の風呂除けたんだから儲けもんだろ」

 ぶっ、とお茶を吹き出した。――おいおい今なんて言ったんだキャスターさん。そういう下世話な感じのトークはせめて本人のいないところでやってくれませんかね。

「――だったらせめて、もうちょいナイスバディな姉ちゃんの裸の方が見たかったがな」
「んなっ……」

 そして、極め付けがランサーさんのこれだ。この兄弟はデリカシーがないとかそういう次元じゃなくないか? 普通に失礼だろ、男兄弟だけだとこうなるのか?

 流石にこれは怒っていい、と判断した私が声を上げようとした時、それよりも先に、何故かランサーさんは椅子から転げ落ちていた。

「……っだぁ……! てめぇ何すんだオルタ!」
「……うるせぇ」

 何故か、私より数段機嫌の悪そうなオルタくんが、落ちたランサーさんをさらに蹴りつける。本当に容赦なく踏み続けているのに、何故か他の兄弟や養父は一切止める様子がなく、そうなると、もう私が彼を止めるしかなかったのであった。

「オ……オルタくん、も、もうその辺で……私は大丈夫だから……」
「……ふん」

 本当は大丈夫ではなかったが、割とスッキリしたのでもう良いです……とは言わず。とりあえず彼を宥めようとそう声をかけると、まだ少し不満げではあるものの、彼は大人しくランサーさんから離れ、ソファに座る私の真横に腰掛けた。

「……いや、お前さん、やけに近くないか?」
「あ?」
「え?」

 ぴったりとくっつくほど近くに来たオルタくんに、キャスターさんは複雑な表情を浮かべる。私としては、サークルでもいつもこの距離だったので特に何も思わなかったが……たしかに、姉弟だとするならこの距離は少しおかしいのかもしれない。

「うーん……そっか、じゃあちょっと離れ」
「……あ?」

 彼の機嫌が更に急転直下。気心が知れているつもりの私でも流石にちょっと怖いので、「なんでもない」と言って彼の接近を許すことにした。

「へぇー……兄貴でも人に甘えることあんだな」
「……」
「いやー、オルタは意外と甘えただろ〜、小さい頃俺とキャスターがいなかった時なんて……あいだっ!?」

 余計なことを話すなとでもいうように、オルタくんがまたランサーさんを蹴る。なるほど、わかってきた気がするが、オルタくんはちょっとランサーさんに当たりが強い。
 逆に、プロトくんには多少甘いのかもしれない、先にからかいの言葉を口にしたのは彼なのに、それについては何も言わなかったし。

「……まぁなんだ、色々騒がしいと思うが、これからよろしくな、嬢ちゃん」

 キャスターさんがそう言って微笑む。……唐突な同居に混乱するばかりではあったが、こうなってしまったからには慣れるしかあるまい。こちらこそ、と笑みを返して、私の新しい生活の一日目が終わった。


 
 ――いや、終わってはいなかった。

「…………なにこれ……」

 翌朝、母の寝室を尋ねると、そこに母はいなかった。
 寝室どころではない、家中どこを探しても母と――養父の姿がなく、まさかまさかと思いながら居間へいくと――そこに、一枚の紙切れが鎮座していた。
 

『お母さんとお父さんはしばらく海外旅行……じゃない、出張に行ってきます♡ みんな仲良くね♡』
 

「…………………………なに、それ……」

 そして、今度こそ本当に、私の新しい生活の一日目が始まるのであった――