「ふたりのサークル活動」


「ちょっと涼あなたクーちゃんと同居してるってどういう事ーーーー!?!?」
「わ……メイヴちゃん」

 休み明け、大学の昼休みになってすぐの事。友人であるメイヴちゃんが私の目の前にそう叫びながら飛び込んできた。誰から見ても美しくて可愛い女の子、例え今のように大声を上げて私に詰め寄っている状況でさえもそれは変わらないわけで。

「同居っていうか……親同士の再婚で一緒に住む事になったというか……」

 いや、それを同居っていうんだったか。

「ず……ずるいわ……! サークルだけじゃなくて、私生活でも一緒だなんて……!」
「……そう思うのは多分、メイヴちゃんだけじゃないかなぁ」

 私たちが所属しているのは大学のテニスサークル、しかしテニスの時間よりも飲み会の時間の方が多く、部員は男性の方が多く、所属する女性の大抵はメイヴちゃんのような――まぁ言ってしまえばお気楽サークルだ。
 華やかなパリピの集団、そこに私が所属しているのは単に友人メイヴに誘われたから……ただそれだけで。
 内情としては「涼が同じサークルじゃないとイヤ」というメイヴちゃんのワガママと、どうしてもメイヴちゃんにサークルにきて欲しかった先輩のダブル勧誘に根負けしたというところである。
 ……ともかく、そんな中で私が乱れ乱れた方のサークル活動に参加せずに済んでいるのはクーちゃん――オルタのおかげが大きかった。

「先輩方、オルタくんのこと結構怖がってる気がするんだけど」

 男女関わらず、ね。そしてそのオルタが(何故か)よく私の隣に居てくれるため、度を越した下ネタやあまり喜ばしくないお誘いなんかの時は、非常に助かっているわけだ。

「ほーんと、みんな見る目がないのよね……クーちゃんが世界一かっこいいのに」
「おや、それは私よりもかな?」
「げ」

 しゃらら、と金の長髪をなびかせながら、サークルの主、フィンマックール先輩が私たちの背後から現れたのる。その後ろには、いつも通りディルムッドが控えていた。

「フィン先輩こんにちは、ディルもお疲れ」
「ああ、お疲れ涼」

 異様にキラキラした二人を前に、私は目を細める。いやぁ、顔がきれいな男が二人並ぶと眩しいにも程がある……後が怖いな、特に遠巻きに感じる女子の目とか。

「ディル、今日もいい男ね♡ そろそろ私とどうかしら?」
「い、いや……その……俺は……」
「メイヴ、君こそ私の誘いの返事はいつになるのかな?」
「嫌よ、ずっと断ってるじゃない」
「ははは! 私はフラれてしまったようだなディルムッド」
「……うっ、その……」

 キリキリとディルムッドの胃が痛む音が聞こえるような気がする。彼のことは本当に気のいい友人くらいに思っているので、こういう場面に出くわすとどうも不憫で私の胃の方も少し痛んだ。がんばれディル、負けるな。

「……おい」
「あ、オルタく……」
「クーちゃん!!」

 聞き慣れた低い声。私がオルタの声に振り向くより早く、メイヴちゃんが彼に飛びついた。……まぁ、いつものことなので、誰も驚きはしないのだが。

「忘れもんだ」
「?」

 そんな彼女に怯むこともなく、彼は大きめの四角い包みを私へ差し出す。心当たりはなかったがとりあえず受け取り包みを開けると、中には見慣れない弁当箱が入っていた。

「これは……?」
「お前のだ」
「あ、ありがと……え、あれ、でも、お母さんじゃないなら、誰がこれ」
「キャスターが作った」

 えぇ!? と驚いて思わずお弁当を落としそうになったが、それをオルタが片手でそっと支えてくれて事なきを得る。危ない、せっかくのお弁当なのに。

「キャ、キャスターさんが……」
「ああ、……嫌なら無理して食わんでいいぞ」
「嫌なんてこと」

 蓋を開ければ、少々茶色が多いものの、きちんとしたおかずと白米が敷き詰められていて、なんというか、無骨ながらも丁寧な印象のあるお弁当だった。
 ……初対面の日からずっと忙しそうにしていた印象があったが、そんな中わざわざこれを作ってくれたのだと思うと、その温かさがじんわりと胸に沁みる。

(気遣ってもらってるんだ)

 正直、それはとてもありがたい。住む場所が変わっただけではなく、突如男性四人と同居することになり、頼りにしたかった母も居なくなったのでは流石に私も心細かったのだ。

「……ありがたいなぁ」
「…………」

 そう言ってから、いただきます、と手を合わせる。何故か少し不服そうなオルタも、同じようなお弁当を取り出して私の隣の席に座り、自分の分を食べ始める。メイヴはさらにその隣、ディルムッドとフィンは用事があるようで何処かに行ってしまったようだ。

「クーちゃんのお父さん、私もあった事あるけれど快活で良い男よね〜、どう? 新しい生活」
「どうもなにも……まだ数日しか経ってないし、それに、その……フェルグスさんとも全然話せないうちに居なくなっちゃったし」
「? どういうこと?」

 興味津々、と言った様子のメイヴに、「実は」と二人が海外へ行ってしまったことをざっくりと説明した。彼女は大変興奮した様子で「じゃあ今クーちゃんと二人暮らしってこと!?」とオルタ越しに私に詰め寄ってくる。

「い、いや、オルタくんのご兄弟も含めて……五人暮らし……かな……」
「兄弟!? ――涼、決めたわ、今日アナタの家に遊びに行くわね」
「来んな」
「きゃっ……もぉ、クーちゃんたら……!」

 どんどん詰め寄ってくるメイヴを、オルタが半ば無理矢理引き剥がした。彼女は文句を言いながらも離れるつもりはないようで、頭を掴んで押し返されているにも関わらず、彼の腕にしっかり抱きついたままだった。

「今日はサークル、出るのか」
「え? あー、うん、ちょっとラケット振りたいから」
「……そうか、なら俺も出る」
「じゃあその後一緒に帰る?」
「ん」

 唐揚げを頬張る彼は、少なからず先ほどよりは機嫌が良さそうだ。理由はわからないがまぁ、ご機嫌ならそれでよい。

「ずるいわ! 私もいく! クーちゃんと一緒に帰る!」
「お前は今日用事あるって言ってたろ」
「そうだけどぉ〜……」

 用事、というのは多分、この前言ってた「イイ人」というやつだろう。……その時の人と同じ人かどうかはわからないが。
 それもよくあることなので、私は深くは聞かないことにする。

「ねぇ〜クーちゃんってば」
「うるせぇ、離れろ」
「あはは」

 いつも通りの二人のやりとりに少しだけ心が休まるのを感じながら、目の前のお弁当をまた一口頬張った。
 
 


 
 そして午後。
 テニスコートのある大学のすぐ近くの公園へ私は足早に向かっていた。私より一コマ長く講義を取っているオルタから「俺も行くから待ってろ」とのメッセージが入っていたが、先に着替えも済ませておきたかったので「ごめん、先行ってるね」とだけ返信をしておいた。

 サークル活動といっても恐らくいつも通り軽く打ち合ってから飲み会への流れなので、早めに行って早めに満足して早めに帰る……それが一番そつがない。
 飲み会が本当に嫌ならサークルなんて参加せず帰れば良いのだが、体を動かすのは嫌いじゃないのでできればテニスは続けたい。まぁ、飲み会もたまになら全然楽しいんだけど。

「神崎せんぱーい!」
「あ、……ええと」

 テニスコートへ向かう途中、見たことのある顔の男性に名前を呼ばれる。名前が咄嗟に出てこないが、私を先輩と呼ぶということは、恐らく後輩の一人なのだろう。

「今日は一人ッスか?」

 ちょっと執拗なくらい周りを見渡してから、そんなことを聞いてくる。

「うん、メイヴちゃんなら今日のサークルは参加しないって」
「あ、いやぁ〜……俺、メイヴ先輩じゃなくて、神崎先輩に用があんすよ」
「私に?」
「はい! 今日一人なら、ラリー俺とどっすか? 前々から俺、先輩と話してみたくて――」
「涼」

 背後から聴こえるいつも以上に低い声、引き攣る後輩の顔、まさかと思って振り返ると、赤い瞳を見開いたオルタがそこに立っていた。

「あ、えー……お、俺、先行ってるっすわ……!」

 脱兎の如く、ものすごい逃げ足でモブ後輩Aが走り去る。まったく、オルタの威嚇癖はどうにかならないものか。

「……待っていろと言ったはずだが」
「もー、別にいいじゃんか、勝手知ったる場所なんだから」
「そうじゃねぇ」

 不満そうな顔で彼は真下の私を見下ろした。一八五センチの巨大から凄まれれば、普通は恐れてしまうのも無理もない……が、口をへの字に曲げて、手を出すこともなくただ黙っているだけの彼は、私には少し可愛く思えた。

「拗ねないでよ」
「……ち」

 なんだか大型犬に懐かれているような気持ちになりながら彼の頭に手を伸ばす。それは流石に「やめろ」と振り払われてしまったが、さっきよりは少し眉間のシワが薄くなった。

(……こんな感じのことばっかしてるから、付き合ってるの? とか聞かれるんだろうなぁ……)

 そんな事実は一切ないが。
 否定して回るのも面倒だけど、割と放っておいてもメイヴが勝手に否定しておいてくれているので、まぁ、直接聞かれない限りは何も言わないままでいる。
 そしてその彼女の言い分はといえば、

「はぁ? 涼とクーちゃんが? そんなわけないじゃない――だって二人とも私のなんだから♡」

 ……と、いうものだ。
 彼女のそういうところは素直に尊敬するし、好きだ。いつ私が彼女のものになったのかは疑問だが。

「お前は……警戒心が無さすぎる」

 以前キャスターから言われたのと同じ事をオルタが口にする。

「警戒心って……そんな、私メイヴちゃんと違ってそんな可愛くて派手なタイプじゃないし、大丈夫でしょ」
「んなわけあるか……自覚がないのが一番タチが悪ぃ」

 そんなこと言うのオルタくんくらいだよ、と笑って返すと「……なら、」と彼は何かを言いかけた。

「?」
「……いや、なんでもねぇ」

 しかし彼は続きを口にすることはなく、私の前を歩き始めた。私はその事を特に深追いもせず、いつも通り彼のすぐ横に着いて歩いた。