ここが地獄の一丁目



 燃える空を見ていた。

「……綺礼、遅いな……」

 ぱちぱち、ぼうぼう、と、物騒な音ばかりが私の鼓膜を揺らしている。もう何分、何十分、こうしているのかわからない。

「待たせたな」
「あ、綺礼、何かあった?」
「──何も」

 瓦礫の後ろから、彼、言峰綺礼が姿を現した。私は足下によく気をつけながら、彼の元へ駆け寄る。

「……残念、まだ、探すの?」
「ああ」

 彼が服についたすすを払う。払った側から汚れていくのを、少しだけ不快そうにしながら、彼はもうそれも諦めたようで、すぐにくるりと振り返って歩き始めた。
 
 ──彼の向かう先には、その空には、大きな黒い穴が、空いている。
 
 ……聖杯戦争を制したのは、私たち・・・だった。
 最後の最後に自身のサーヴァントを聖杯に焚べ、歪んだ盃は彼の理想の形で完成した。その盃は勝者の願いを受け──その大穴から、大いなる呪いを吐き出したのだ。

 何もかもが燃え尽きたがらんどうの街の真ん中で、何故か生き残った私は、同じく取り残された彼が「あの穴から落ちる人型のモノを見た」と言うのを聞いて、他人事のように「そうなのか」とぼんやりと考える。彼は、それを探すことにしたらしい。

「……お前はどうする」
「ついていくよ」

 彼曰く、それがきっと彼の求めていたものを持っているとの事だった。彼が知りたがっていた答えの理由・・を、その正体不明の影が、きっと証明してくれるのだと。

「……けほ、」

 息が少し、苦しい。燃え盛る炎が酸素を奪い続けているのだろう。

 ……炎に包まれる街を見て、彼はぼそりと「十年前と同じ、か」と呟いた。

「所詮、私の願いでは、同じ結末しか導き出せんと言うことか」
「……同じなの?」
「あぁ──規模は違っているがな」

 ぱき、と、足元で何かが割れる音がする。小枝だろうか……多分、小枝だろう。私がそう思うのでそういうことにしておいた。

「まぁ、良い──行くぞ」

 彼の背中を黙って追いかける。彼の探し物を、私も一緒に探すために。
 彼が、あの聖杯に触れたというのなら、きっと彼の求めるものが何処かにあるはずなのだから。
 


 ──でもね、綺礼、実は私も触れてしまったの。
 だからね、願ったよ、綺礼が振り向いてくれますように≠チて。

 十年前のようなこの状況だって、私がそれを知っていたからかもしれない。同じものを、私も想像したからなのかもしれない。

(でも、彼に好かれたいと願った結果なら、どうしてこんな──)

 あぁ、でも、そうか。たしかに二人だけになってしまえば、彼は私だけを見てくれるのかも。可能性は限りなく低いような気もするが、ゼロではない。

(だとしたら──滑稽だなぁ、私も、彼も。ないものを探して彷徨っているんだから)

 それでも、それでも──私は、確かに今、微かな幸せを感じているのだ。

 風に舞う、見覚えのある色彩のリボンを視界の端に捉えて、失ったものの大きさを思い出しそうになり、目を瞑る。

 ──そんな追憶は無意味だ。この状況の原因も理由も、考えるだけ無駄なのだから。

 今は、ただ、彼がここに居てくれる幸福を噛み締めながら、彼の背を追って歩みを進めるしかないのだ。
 



 例え、これが地獄への入り口なんだとしても。




clap! 

prev back next



top