わかりそうでわからなくて、ちょっぴりわかることの話



 目の前に置かれたブラックコーヒー、それを「ありがとう」と受け取ってから、試しに一口飲んでみる。

「…………」
「口には合わなかったか?」

 その質問の答えはYESだ。目の前でニヤつく男、言峰綺礼もよく知っている通り、私はブラックコーヒーが飲めない。ミルクと砂糖で誤魔化せば飲めないことはないが、そもそもカフェラテくらい甘くないと美味しいとは思えないのだ。

 ――ガキかよ、なんて、以前言われたデリカシーのない男の言葉を思い返し、私の眉間には力がこもる。しかし今は大好きな彼と二人きり、そんなことは忘れてこの状況を楽しむことにしようと、なんとか気持ちを持ち直した。……あぁ、しかし、この苦味はなんとも慣れ難い。

「……美味しいよ」
「ほう」

 そんな嘘を吐きながら、私は持ち上げていたカップを置く。彼はわざとらしく声を上げ、目を細めて私の顔をじっと見つめていた。恐らく、顔をしかめるのを見てまた何か言うつもりでいるのだろう。そして多分、そういう反応をした方が彼を楽しませられるのだろう。
 ……けれど、私は心の底から笑って、応えた。

「ありがとう綺礼、綺礼が私のために用意してくれたってだけで、すっごく嬉しい」
「……お前は何をしても喜ぶな、つまらん」

 そうは言いましても、そりゃ貴方が好きなので多少のことなら喜んでしまう単純乙女なわけでして。つまるところこの嫌がらせじみた振る舞いだって、「彼が私のことを考えてそうしたのだ」と思うだけで、今の私には充分すぎるほどの幸福なのだ。

 ……けれどきっと彼が好きなのは、もっと打てば響くような……例えば、凛とか、凛とか……凛……とか。そういう、人間なわけでして。

(……つまんないのは私の方だ)

 私が素直な感情を出したって、彼を喜ばせることはできない。こんなに彼のことが好きなのに。
 凛なんて、全然、綺礼のことなんて好きじゃないのに、なんで――

「ふむ――お前が不愉快そうにする所以は未だに理解できんな……」

 自分でも気付かないうちに顔を顰めていたのか、彼が私を見て、くく、と笑いをこぼした。それが嬉しいような、やっぱりつまらないような、そんな心地で私は返事を返す。

「嘘つき、絶対わかってるでしょ」
「わからんよ、お前のことなど」

 そう言いながら彼はミルクピッチャーと角砂糖のビンを差し出した。多分それはいつも通り、私が飲めるギリギリの甘さになるくらいの中身が入っているのだろう。

「……ありがとう」
「後から泣かれても迷惑だからな」
「泣かないよそんなことで」

 薄茶色の界面をティースプーンでかき混ぜながら、今度は私がふふ、と笑った。

 ――彼は私のことなどわからないと言ったが、それだって私のセリフだ。人の苦しみや悲しみをこそ糧としているくせに、こうして適度に私に良くしてくれる彼の気持ちが、私にはさっぱりわからない。

 それでも、それが私には幸せだし、彼もそれを良しと思ってくれているのなら、私はそれで充分だ。私はやっぱり苦いままのコーヒーを口に含みながら、もう一度だけ小さく笑みをこぼした。




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