想いいっぱい、たった一言



 きっかけはクラスメイトとの何気ない雑談だった。

「──ラブレター?」

 そう、ラブレター! そう言って笑う同級生Aと、その横で恥ずかしそうに俯く同級生B。話をまとめると、好きな男の子に告白するために手紙を書いたということらしい。

「でも受け取ってもらえるかどうか……」
「えー! 絶対読むって! だってこのご時世に手書きの手紙だよ!? ちょーかわいいじゃん!」
「へぇー……」

 ちょーかわいい、か。そういうものなのだろうか。
 メールもSNSもあるようなこの時代に、わざわざ文をしたため手間をかける……それが余計愛情を感じさせて、愛おしく感じる、らしい。そう聞くと理屈はわからなくはない。
 名前もちょっと忘れかけるような同級生の話、普段なら「そうなんだ」で済ませて終わるような与太話だ。けれど私には、それを無視できない理由もあって──

 ──そう、私、神埼 涼には、どうしても可愛い≠ニ思って欲しい相手がいるのである。

「……で、便箋を買ってきたのはいいけど……ど、どうしようかな……?」

 家に帰り、机に向かって頭を悩ませること早一時間。ペンは一向に動かず、ただ時計の針の音だけがチクタクと部屋に響いていた。

(拝啓、言峰様……いや、固すぎるかな……? じゃあ、綺礼へ……お元気ですか……いや元気だよ、知ってるよ、一緒に住んでるんだもん……!)

 頭の中で何度も何度も書き出しを考えては、何か違うとボツにする。ネットで手紙の書き出し方を調べても見たけど、それもどうもしっくりこない。

「……とりあえず宛名だけでも書いておこう」

 綺礼へ≠ニようやく便箋の上の方にちょこんと書いて、また私の手は止まってしまった。困った。これでは一向に書き終わる気がしない。

(別に無理して書かなきゃいけないわけでもないんだけど……)

 でも便箋は買ってしまったわけだし、無駄にちょっと可愛いやつを。
 だからどうせなら何かを伝えたい、のだが、
 …………なにを?
 ここに来てようやく、「伝えたいことすら決められていない」という事実に、気づいた。

「それは、何も書けないわけだよ」

 はぁ、と大きくため息を吐いて一旦ペンを置く。なんてことだ、何も考えず勢いに任せて行動しすぎではないか、私は前からこんなに頭が悪かっただろうか。
 とにかく自省は後にして、何を書くかを決めてしまおう。そう思って私はまた頭を悩ませる。

(いつもありがとう……だと親への感謝の手紙みたい……? それも悪くはないけど)

 少し書いては書き直して、実際に口にしてみてしっくりこなくて頭を掻いて……
 そんなことを繰り返すうちも、どうやら時計の針は忙しなく働き続けていたようで。

「あ……」

 ぼーん、と、振り子時計が低く鳴った。もうすぐ就寝の時間だ、このまま明かりを落とさなければ、きっとあの人が私に苦言を呈しにやってくる。

(今日のうちに書いちゃいたかったのにな)

 結局白紙のままの便箋にため息を吐く。書きたいことが、伝えたいことがないわけではない。むしろその逆で、

 いつもありがとう。
 ずっと元気でいてね。
 私なんでもするよ。
 私、私──

「──あ、」

 たった一つ、一番大事で一番伝えたかった、たった一つの簡単な言葉。
 なんで今までそこに思い至らなかったんだろうっていうくらい、シンプルな答え。

「……いつも言葉で伝えてるから? 思いつかなかったのかも」

 苦笑しながらその言葉を広い便箋の真ん中に書き込む。それだけ、たった三文字、けれどこれで良い。

 ──だってこれは、ラブレター≠ネんだから、ね。

 それを、これまた可愛らしい封筒に入れて、彼の部屋へ軽い足取りで向かう。
 きっと彼は、早く寝ろといつもみたいに呆れながら、それでもちゃんと受け取って、中身を読んでまたため息でも吐いて、でも、ちゃんと手紙を捨てないでいてくれて──
 ちゃんと、受け止めてくれるの、私の言葉を。
 返事はきっと今日も貰えないけど──貰えるまで、ずっと言い続けるから、ずっと書き続けるから、ずっと伝え続けるから──
 今日もどうか、受け取ってね、初めてのラブレター。
 いつも通りの「大好き」を。
 




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